夜香花
「於市。わたくしは、あなたの幸せを願っているの。武家の娘としてではなく、一人の女子としての幸せをね」

「母上?」

「あなたは、自分では気づいてないかもしれないけども、小さい頃から随分過酷な状況を生きてきた。両親とも会えずに山奥に連れ去られたかと思うと、今度はよくわからないお屋敷で、下女の扱いを受けて。武家の娘としての責務は、すでに十二分に果たしています」

 深成は黙ったまま、利世を見た。
 爺と暮らしたことは、特に辛くなかった。
 爺の深成に対する態度に、寂しさは覚えたが、でもそれなりの暮らしだった。

 細川屋敷では、確かに楽しいことはなかったが。

「なさぬ仲とはいえ、普通の子供が当たり前に得られる幸せを、お前に与えてやれなかった。だからこそ、お前を取り戻した今、出来るだけのことはしてあげたいと思っているの」

「母上。わらわ、十分幸せですよ?」

 言い募る利世に戸惑いつつ、深成は言った。
 だが利世は、少し悲しそうな表情になる。

「心の底から幸せだとは、思えないでしょう? 於市の心が凍っているのは、気づいていますよ」

 優しく深成の髪を撫でながら、利世が言う。

「わたくし、城下まで願掛けに行きましたのよ。於市が幸せになるようにって」

「母上……」

 何と言っていいのかわからず、深成は居心地悪そうに、視線を彷徨わせた。
 ふと、六郎に目が行く。
 六郎は微妙な表情で、利世を見つめていた。

「さ、では満月までに、これでお着物を仕上げましょうね」

 そう言って優しく微笑むと、利世は部屋を出ていった。
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