夜香花
第三十九章
 それから約半月後。
 ささやかながら、九度山の屋敷で、観月の宴が催された。

 月を愛でる宴なので、明かりもそう華美ではない。
 特に招待客もなく、一族郎党だけの小さな宴だが、あまり他人との付き合いのない深成には、そのほうが有り難かった。

「おお於市。よぅ似合っておる。ささ、こちらへおいで」

 利世のしつらえてくれた薄い桜色の着物を纏った深成に、信繁が上機嫌で声をかける。
 しかし、ひとしきり、深成を眺めた後、信繁は表情を曇らせた。

「父上?」

「いやいや。ほんに、小さいときから手足となって働いてくれた娘も、とうとうわしの元から巣立っていくのだな、と思うと」

 言いながら、信繁は広げた扇で顔を覆う。

「ろくに構ってやれなんだわしも、ようやく娘と顔を突き合わせて暮らせると思うたに、またわしの手から逃げていくのじゃな。於市はまこと、一所(ひとところ)に留まらぬ性分よの」

「わらわは別に、ずっと父上の元にいても、構わないのですよ?」

 小十郎との婚儀を、後悔しているのだろうか、と思い、深成は言ってみる。
 だが信繁は軽く首を振ると、月を見上げた。

「いかぬ。この戦国の世で、このようなことを言うのは愚かなのだろうが、わしは、せめてお前だけは、普通の女子と同じように、穏やかに暮らして欲しい。まぁ……小十郎殿のことは、家のことがないわけでもないが。だが穏やかに暮らすには、それなりの地位も財も必要じゃ。それに加えて、その者の力。それら全てを持ち合わせておる、と見込んだ小十郎殿じゃ。その点に間違いはないと思っておる」
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