夜香花
---?---

 ふと、深成は顔を上げた。
 外の空気が変わったような。

 だが今は真夜中である。
 宴は大分前に跳ね、すでに片付けの侍女たちも寝入っている頃だ。

---気のせい?---

 しばらくじっと様子を窺ってみても、何も起こらない。
 相変わらず明るい月明かりだけが、障子に降り注いでいる。
 何の影も動かない。

 もし賊が入り込むのだとしても、このような明るい月明かりの夜など選ばない。
 闇夜を選ぶはずだ。

 だが。

 ふ、と息をついた深成の耳に、僅かに小さな呻き声が聞こえた。
 続いて、何かが倒れる音。

 深成は端切れを袋に入れると、それを持ったまま素早く立ち上がり、障子に手をかけた。
 が、引き開けて良いものか迷う。
 賊だったとしたら危険だ。

 そのまま障子に耳を当てて、外の様子を窺う。
 よほど注意しないと聞き取れないほどの密やかな足音が聞こえた。
 それが、次第に入り乱れる。

---この足音は……忍び---

 そ、と深成は、障子を引き開けた。
 ざ、と風が吹き抜ける庭には、こちらに背を向けている六郎の姿。
 その六郎の視線の先、築地塀の上には、一つの影。

 深成は息を呑んで、目を見開いた。
 月を背にした、着流しの影を、風が嬲る。
 左袖が、風に煽られて、やけに揺れた。
 その左腕に、深成の視線が吸い寄せられる。

---……片腕……---
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