夜香花
 思わず深成は、回廊に走り出た。

 築地塀の上の影が、深成を真っ直ぐに見た。
 月明かりは逆光だが、忘れようもない、鋭い瞳。

「お、於市様」

 曲者の前に姿を晒した深成を咎めるように、六郎が、さっと彼女の前に立ちはだかった。
 そのうちに、見張りの兵が何人か、築地塀目掛けて槍を突き出す。

 築地塀の影に槍が届きそうになったとき、いきなり影が動いた。
 キン、という音と共に、槍の穂先が跳ね飛ばされる。

 影はそのまま、己に向けて繰り出される槍を、次々捌いていった。
 その手が握っているものは、細身の懐剣。

 最後の槍を捌いた後、影はその懐剣を、深成に向けて放った。
 たん、と軽い音を立てて、家紋入りの懐剣が、深成の足元に突き刺さる。

 同時に、影が口を開いた。

「来い」

 低く、力強い声に、深成は飛び出した。
 真っ直ぐ影目指して駆ける深成に、影が右手を差し伸べる。

「於市様!」

 六郎が、すかさず深成の前に回り込み、止めようとする。
 だが深成は足を止めず、六郎の前で、僅かに腰を落とすと、地を蹴った。

「ごめん!」

 叫びながら飛び上がった深成は、六郎の胸を足場に、築地塀まで飛んだ。
 そしてその勢いのまま、影の胸に飛び込んだ。
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