夜香花
「お、於市様……!」

 六郎が、打ちのめされたような表情で深成を見上げる。
 片倉家の嫡男である小十郎よりも、何の地位もない乱破の男がいいというのが信じられない。

 頭領とはいっても、別に一領地の主というわけではないのだ。
 小さな党の頭領など、その辺の平民と変わらない。

「何を仰せられます! 於市様を殺すなど、とんでもない! むしろ我らにとっては、その男のほうが邪魔ですよ。その男を殺せば於市様の心に区切りがつくなら、十分殺す意味はあります。その男がいなくなれば、於市様の心を迷わすものは、なくなるのでしょう? 於市様が苦しむことも、ないではないですか!」

 言いながら、六郎は身構える。
 真砂も少し、深成から身体をずらした。

 双方の身体から、殺気が放たれる。
 それだけで、周りにいた兵たちは、殺気に中てられて後ずさった。

「や、やめてよ。真砂を殺したら、わらわだって生きてないからっ」

 真砂に縋り付いて言う深成に、再び六郎が怯む。
 その様子を黙って見ていた利世が、つ、と傍に控える才蔵に、何か合図した。

 瞬間緊張した深成だったが、利世の指示を受けた才蔵は、少し驚いたような表情を見せた後、さっと六郎の傍まで移動した。
 そして、六郎を制し、同じように他の者にも指示を出す。

 才蔵の指示で、皆武器を下ろした。
 張り詰めていた空気が、ふ、と切れ、しん、と辺りが静まり返る。
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