夜香花
 疑問符の浮かぶ顔で、深成は塀の上から六郎を見つめる。
 その横で、真砂がじろりと視線を落とした。

「後は、今宵の宴の情報ですか。情報といっても、ご成婚の祝いに、この夜に観月の宴を催す、という世間話だけですがね。おわかりでしょう、特にこちらからは、乱破どもに何の指示も与えていない。どころか、別に乱破に向けて喋ったわけではない」

 ふふん、と鼻を鳴らす六郎に、真砂は小さく舌打ちした。
 乱破に向けて喋ったわけではない、とは言うものの、それを見越して利世が喋ったのはわかっている。
 わざわざ見つけにくい乱破との中継地点である茶屋を探してまで、そこで話をしたのはそのためだ。

「賭けましたのよ。於市には幸せになって欲しいと言ったでしょう。於市が飛び立つのは致し方なしと思っていても、やはり親ですもの、庇護の下から飛び出すとなれば、真に於市を想ってくれている殿方でないと、安心出来ません。於市がその者のことを想っていても、その者が何とも想っていなければ、於市は失うものばかりですからね。財も身分もないけど、於市を命懸けで奪いに来るかどうか」

 六郎と同じように、少し楽しそうに、利世が言う。
 深成は、そんな利世と真砂を、交互に見た。

「え、え? ……ま、真砂……」

 真砂はますます唇を引き結んで、仏頂面だ。
 頑なに深成の視線から逃れている。

「さて。於市は亡くなってしまったと、皆に知らせましょう。とはいえ於市は、あまり表には出ておりませんから、そう大きな葬儀も必要ないでしょう」

「は、母上っ……」

 庭にいた兵士たちも、才蔵に促されて、それぞれ持ち場に去っていく。
 回廊の途中で、利世はそこに刺さった懐剣を引き抜いた。
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