夜香花
 噛み付くように怒鳴る真砂に、驚いたように六郎は、思わず手を引っ込めた。
 その隙に、真砂は深成を引っ張ったまま、ぐんと速度を上げる。

「ま、真砂っ……。待ってよ」

 いかに身体能力の優れた深成でも、真砂の速度には簡単について行けない。
 ましてこの三年間、そんな激しい運動はしてこなかった上に、病で体力も落ちている。
 転びそうになった深成を、真砂は片手で支えた。

「残念ながら、片手なんでね。抱き上げることは出来ん」

 そう言うと、片手でがばっと深成の身体を抱え上げる。
 字は同じでも、読みが違えば扱いも違う。
 色気もへったくれもなく、深成は真砂の肩に担ぎ上げられた。

「ちょ、ちょっと。わらわ、もうそんな子供じゃないんだからっ」

 以前にも、同じように肩に担ぎ上げられた。
 当時はまだ小さかったし、特に何も思わなかったが、大人になってからこういう風に担がれると、妙に恥ずかしい。
 あのときよりは重くなっているだろうし、と思うと、恥ずかしくて下手に暴れられず、深成は必死で首を捻って訴えた。

「うん? ……ああ、そうだな。肩に当たる感触が違う」

 特に速度を変えることなく進みながら、真砂が言う。
 え、と己の乗っている真砂の肩に視線を落とした深成は、かっと赤くなった。
 丁度深成の胸が、真砂の肩に当たっている。

「この助平〜~っ!」

「おいこら。暴れるんじゃねぇよ。落とすぞ」

 肩の上で暴れる深成と、彼女を担いだままからかう真砂と、その後ろを笑いながらついて行く捨吉を、しばし唖然と見ていた六郎は、やがて一行が見えなくなると、ふ、と表情を和らげた。
 そして、去って行った姫君に向かって、深々と頭を下げた。
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