夜香花
「真砂、傷は……」

「何年前の話だよ。もう何ともない」

 そう言って、真砂は袖を捲った。

「切断面を晒しておくのはよろしくないってんで、布は手放せんが」

 左腕の切断面を覆うように巻かれた布を指して言う。

「ま、大して使ったことのない良い刃で一刀の下に斬られたし、その後もちゃんと手当てしたわけだしな」

「わらわ、途中までしかしてないじゃん。あの後は……千代が?」

 相変わらず俯いたまま、ぼそぼそと言う深成は、初めて千代に嫉妬した。
 別れる直前の状況では、千代は真砂にべったりだったし、ただでさえよく真砂の家に出入りしていた。
 このように大怪我を負った真砂を、あの千代が放っておくはずはない。
 強引にでも、世話を買って出るだろう。

 嫌だ、と思う気持ちが、知らず顔に出てしまったようだ。
 真砂の視線を感じ、深成はますます俯いた。

「前から言ってるだろ。俺は別に、千代など何とも思ってない。お前は俺が、そう簡単に人の世話を受ける人間だと思うのか?」

「だって……。さすがに片手では、出来ないことだってあるでしょ。あのときは、まだ全然治り切ってなかったし……」

「うるさかったがな。あいつに面倒見られるなんざ、御免被る」

「……」

 黙り込んだ深成の視界が、不意に陰った。
 ぐっと真砂の身体が近付き、耳元に、低い声が流れ込む。

「妬いてんのかよ」
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