夜香花
「もう三月(みつき)になろうかというところじゃ。そういえば、ここのところ、やたら眠いとか言うておったな。気持ちも悪いとかで、病かと思うておったが」

「清五郎様も、心配しておられましたね。あら、じゃあお祝いがてら、何かお手伝いしてきたほうがいいかしら。三月だと、身体もしんどいでしょうし」

「大丈夫じゃよ。お主だって赤子がおるわけじゃし、手がいっぱいじゃろ」

 穏やかに話しながら、長老はまた、深成が抱いている赤子を覗き込んだ。

「うむ、ほんに良い子じゃ。若君といい姫君といい、まことに良い顔をしておる。おや」

 不意に赤子が、むにゃ、と身をよじったかと思うと、泣き声を上げた。
 同時に庭の木の上にいた幼子が、弾んだ声を上げる。

「あっ! 父様!! 母様、父様が帰って来ましたよ!」

 言うなり幼子は、ざざざっと枝を伝うと、とん、と塀の上に降り立った。
 そしてそのまま、事も無げに、細く高い塀の上を、正門のほうへと走って行く。
 その様子を、長老は感心したように見つめた。

「……産まれながらの乱破じゃな……」

 ふふ、と笑うと、深成は抱いた赤子をあやしながら、立ち上がった。
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