夜香花
「にゃーーーっ!!」

 再び深成が叫び声を上げた。
 それとほぼ同時に、深成はほとんど無意識に、目の端に映ったものを引き寄せ、盾にした。

「っ!!」

 千代の、息を呑む音が聞こえる。
 同時に、千代が後ろに吹っ飛んだ。
 柱に背を打ち付け、千代は崩れ落ちた。

 深成が恐る恐る目を開けると、目の前には真砂の腕。
 己が握っているのは、真砂の着物の袖だ。
 深成が盾にするために引っ張ったのは、真砂の腕だったらしい。

 深成に引っ張られ、少し上体を倒す格好で、真砂は無表情に、先で倒れる千代を見た。
 そして、視線を落とすと、いまだ真砂の袖を握りしめて転がっている深成を振り払う。

「……う……」

 千代が呻いて、上体を起こした。
 その途端、鼻から血がぼたぼたと落ちる。

「お前、俺に刃を向けるとは、良い度胸だな」

 冷たく言う真砂に、千代は縋るような目を向ける。

「そ、そんな! わたくしが、そのようなことっ! その娘が……」

 鼻血で汚れた顔のまま、千代は必死で弁解する。
 が、真砂は顎で入り口を指した。

「失せろ」
< 72 / 544 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop