夜香花
「だって、あんた千代と……」

 そこまで言って口ごもる。
 深成はまだ幼い。
 男女の仲のことなど、口にするのも恥ずかしい。

 真砂は壁に背を預け、深成を見た。
 どんなときでも無表情な男だな、と思いつつ、深成は起き上がって膝を抱えた。
 しん、と落ちる沈黙が重く感じられ、深成は顔を上げると真砂を見た。

「この前、あんたが言ったこと。あれ、どういう意味?」

 真砂の眉間に、僅かに皺が寄る。

「『わらわ』っていうのは何故だっていうの。何か、おかしいの?」

「……お前の周りには、そういう奴ばかりだったのか?」

 言われて深成は、少し考えた。
 そういえば、今まで深く考えたことはなかったが、自分のことを『わらわ』という者は、いなかったような。

「周りにいないのに、お前だけがそういう言葉を使うのは、そういう風に教えられたからだ」

 深成の心を読んだように、真砂が言う。

 教えられた---誰に?

「……お方様が?」
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