夜香花
 この時代、鏡など庶民には必要ない上に、あまり持ってもいないものなのだが、深成は一応城主の正室に仕えていたのだ。
 それなりに身だしなみにも気をつけていただろう。
 鏡を見ることも、多かったに違いない。

「顔にそんなのがあったら、気づくはずじゃないのっ?」

「阿呆か。てめぇの顔を見るためには、目を開けておかないといかんだろ」

「?」

「目を開けていたら、瞼は隠れる」

「あ、そっか」

 納得し、深成は頭を起こしてきょろきょろと部屋の中を見回した。
 生憎鏡などというものはない。
 仕方なく、深成は己の瞼を軽く引っ張りながら、指でなぞってみた。

「……わかんない。どんな印?」

 しばらく瞼を撫でていた深成の顔の前に、真砂が抜いた小刀を突き出した。
 ぎらりと光る刃に、己の顔が映る。
 深成はずいっと身を乗り出し、よく磨かれた刃に顔を近づけた。

「ん~……。ちっちゃすぎて、よく見えないけど。単なる黒子にも見えるしなぁ」
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