夜香花
「にゃんっ」

 考え事に耽っていた深成は、不意に何かに躓いた。
 元々後ろ首を掴まれた、不安定な体勢だ。
 深成は顔から地面に突っ込みそうになる。

「おっと」

「ぐえっ」

 真砂が素早く、首を掴んでいた手を引いた。
 お陰で顔面から地面に突っ込むことは免れたが、瞬間的に首が絞まる。
 蛙が潰れたような声を出し、深成は目を白黒させた。

「もーーーちょっと優しくできないのっ」

 涙目で深成が叫ぶ。
 今しがた、真砂には全く優しさがない、とつくづく思ったところだということも忘れ、深成は伸び上がって真砂に顔を近づけた。

「こけるところを助けてやったんだ。十分優しいじゃないか」

「どこがっ! どうせ転んだら、引き起こすのが面倒だから、とかいう理由でしょっ」

 立てた人差し指を真砂に突きつけて、さらに顔も突き出す深成に、真砂はにやりと笑みを浮かべた。

「よくわかったな。ここ数日で、随分俺のことがわかってきたじゃないか」

「そりゃあ、ずーっと観察してるもんっ。油断してたら、そのうち寝首かかれるんだからねーっ」

「……褒めてない」

 ふんぞり返る深成に冷めた目を向け、真砂はくるりと背を向けた。
 そのときになって初めて、真砂が手を離していることに気づく。
 が、深成は真砂の後を追った。

 そのまま真砂は、自分の家に入っていく。
 深成は後について行きながら、真砂の家をしげしげと見た。
< 92 / 544 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop