鬼上司のとろ甘な溺愛


「雪村」


名前を呼ばれて顔を上げると、目の前には先ほどまで電話で怒鳴っていた神林課長が眉間にシワを寄せながら立っていた。
ノンフレームの眼鏡の奥の瞳は苛立ちと申し訳なさとを兼ね備えた色をしている。
その表情をみて内心舌打ちをする。もちろん怒られるわけではない。
もっと厄介なことだ。


「何でしょうか」
「この書類を19時までに仕上げて先方にメールを送っておいてくれ」


そう言われてデスクに置かれたファイル。つい苦い表情でそれを見てしまう。
恐る恐る神林課長を見上げると疲れたような顔で軽くため息をついている。
ため息をつきたいのはこっちだ。
就業時間一時間前に頼まれる量ではない。


「今からですか?」


明らかに定時までには終わらなそうな量につい不満そうな声が出てしまう。
それに気づき、申し訳なさそうな苦い表情で神林課長は謝った。


「悪い。俺は今から対応に出なきゃいけないんだ」


対応ね。さっきの電話のことだろう。主任も係長も席を外していていない。何より厄介なトラブルは課長がいかなくてはならないのだから仕方がない。
恨むは上野だがついため息が出てしまう。
定時に帰るのはあきらめるしかないな。
少し遅くなるが、仕事を終えてから優斗のところへ行こうと決めた。




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