goldscull・不完全な完全犯罪Ⅲ
俺と叔父さん
赤錆に覆われたアパートの外階段に足音が響く。
それは僅かに震えているように思えた。
師走に入って急に寒くなったせいだろうか?
「きっと此処に来る」
それでも俺は確信して叔父さんに言った。
此処とは《イワキ探偵事務所》のことだった。
探偵事務所と言っても、そんなに格好いいものじゃない。
普通のアパートだし、狭いし。
でも熱いハートで事件解決します。
と、言いたい。
なのに来る仕事は、浮気の調査が殆どだった。
『探偵と言えば聞こえは良いが、実際問題浮気調査とペット探し位しか……』
何時だったか、叔父さんが弱気なことを言っていた。
俺は磐城瑞穂(いわきみずほ)。
そんな叔父さんの経営している探偵事務所でアルバイトをしている。
俺は此処に足音が向かうことを期待していた。
もう幾日も仕事らしい仕事にありつけていなかったからだ。
『この調子で年が越せるかな?』
叔父さんの口癖が現実味を帯びてきていた。
「又浮気調査かな?」
俺は叔父さんにそう言った後で、ドアノブに目を移した。
僅かに動いた気がした。
(――やったー!)
久しぶりの仕事の匂いに敏感になった俺は、一旦目を外してからやがて開いたドアにおもむろに目をやることにした。
それでも、プライドだけは保ちたかったのだ。
大通りから一本、中に入った道。
古い木造アパートの二階。
東側の窓に手作り看板。
《イワキ探偵事務所》
はあった。
2Kの間取り。
小バスユニット付き。
出来た当初はきっと斬新だったんだろう。
でも今は外階段の赤錆もそのまま放っておかれてる。
通路側に開くドア。
靴置き場のみある玄関。
その横に広がる、四畳半程の洋間に小さなテーブルセットと冷蔵庫。
暖房は今時流行らない年代物の石油ストーブ。
ヤカンが掛けられるから熱いお茶は飲めるし、加湿器代わりになるから手放せないそうだ。
きっと団欒の場だったのだろう。
其処を仕事場にして、方開きの押し入れを書類棚にしていた。
一畳程のキッチンは流しと二口ガスコンロのみ。
キャスターがロックしてある可動式のワゴンは食器置き場になっており、上部にまな板を置いて調理していた。
玄関のすぐ脇にある扉の奥は、さっき俺の入ってた約一坪のシャワー付きバスルーム。
其処には小さなトイレも付いていて、夫婦二人暮らしには手頃だったのだろう。
俺はさっきまで其処で泣いていた。
殺されたみずほを思い出しながら。
涙がバスタブを溢れ出しそうになる。
それを見ながら感傷に浸っていた。
そんな俺に同じ傷みを持つ叔父さんは優しい。
だからつい此処に来てしまうのだった。
俺は自称サッカー部のエース。
その自称を外したくて頑張って来た。
でもそのためにみずほは殺されてしまったのだった。
責任は俺にもある。
真犯人の内の一人は俺の幼なじみだったのだ。
みずほが死ねば俺が振り向いてくれると信じて、クラスメートを焚き付けて死の淵に追いやったのだ。
なのに未だ何でみずほが死ななければならなかったのかが解らない。
さんざん泣いた後でもまだ涙が溢れてくる。
俺は何時もより興奮していた。
このアパート、暮らし出した当初は仮宿所にするはずだったらしい。
警察には家族寮があり、いずれは其処へ移るつもりだったのだ。
そう……
叔父さんは元警視庁勤務、凄腕の刑事だったのだ。
俺の記憶には、正装した叔父さんしかない。
叔父さんと叔母さんの結婚式の時の物だ。
警察官の結婚式には、正装の式服がレンタルされる。
肩にブラシのような物が付いた物凄く立派な、誰でも惚れ惚れする位格好いい姿だった。
『叔父さん、あの服見せて。結婚式に着ていた格好いいヤツ』
叔父さんが新婚旅行から戻った時、聞いた覚えがある。
『あれはな……貸してもらったんだよ』
申し訳なさそうに叔父さんが言っていた。
『あらーっ、瑞穂君も格好いいと思ったの。私も惚れ直したのよ』
叔母さんは照れずに言った。
だからそっと叔父さんを見たんだ。
そしたら、叔父さんは耳まで真っ赤になっていた。
『この子はシャイで』
母が言うと叔母さんは微笑みながら言った。
『だから好きになったの』
と――。
物心ついた頃の記憶だと思う。
それでも忘れられないんだ。
興奮したのか叔父さんはモジモジを通りすぎで盛んに手を擦りつけていた。
そう……
今から思うと、あれが叔母さんとの別れだったんだ。
叔父さんは殺人事件の容疑者を追っていた。
新婚早々だと言うのに、殆ど自宅に帰れなかったんだ。
叔母さんは、実家から送られて来た洋服の整理をしていた。
其処へ宅配業者を名乗った人が訪ねて来た。
叔母さんは戸を開けた。
段ボールで顔を隠したその人はナイフを隠し持っていた。
殺人事件から目を離してもらおうとして脅すつもりだったらしい。
でも叔母さんは殺されてしまったのだった。
騒がれたから?
たったそれだけの理由で。
未解決事件なので真相は判らない。
でも叔父さんはそう思っていたのだ。
それは僅かに震えているように思えた。
師走に入って急に寒くなったせいだろうか?
「きっと此処に来る」
それでも俺は確信して叔父さんに言った。
此処とは《イワキ探偵事務所》のことだった。
探偵事務所と言っても、そんなに格好いいものじゃない。
普通のアパートだし、狭いし。
でも熱いハートで事件解決します。
と、言いたい。
なのに来る仕事は、浮気の調査が殆どだった。
『探偵と言えば聞こえは良いが、実際問題浮気調査とペット探し位しか……』
何時だったか、叔父さんが弱気なことを言っていた。
俺は磐城瑞穂(いわきみずほ)。
そんな叔父さんの経営している探偵事務所でアルバイトをしている。
俺は此処に足音が向かうことを期待していた。
もう幾日も仕事らしい仕事にありつけていなかったからだ。
『この調子で年が越せるかな?』
叔父さんの口癖が現実味を帯びてきていた。
「又浮気調査かな?」
俺は叔父さんにそう言った後で、ドアノブに目を移した。
僅かに動いた気がした。
(――やったー!)
久しぶりの仕事の匂いに敏感になった俺は、一旦目を外してからやがて開いたドアにおもむろに目をやることにした。
それでも、プライドだけは保ちたかったのだ。
大通りから一本、中に入った道。
古い木造アパートの二階。
東側の窓に手作り看板。
《イワキ探偵事務所》
はあった。
2Kの間取り。
小バスユニット付き。
出来た当初はきっと斬新だったんだろう。
でも今は外階段の赤錆もそのまま放っておかれてる。
通路側に開くドア。
靴置き場のみある玄関。
その横に広がる、四畳半程の洋間に小さなテーブルセットと冷蔵庫。
暖房は今時流行らない年代物の石油ストーブ。
ヤカンが掛けられるから熱いお茶は飲めるし、加湿器代わりになるから手放せないそうだ。
きっと団欒の場だったのだろう。
其処を仕事場にして、方開きの押し入れを書類棚にしていた。
一畳程のキッチンは流しと二口ガスコンロのみ。
キャスターがロックしてある可動式のワゴンは食器置き場になっており、上部にまな板を置いて調理していた。
玄関のすぐ脇にある扉の奥は、さっき俺の入ってた約一坪のシャワー付きバスルーム。
其処には小さなトイレも付いていて、夫婦二人暮らしには手頃だったのだろう。
俺はさっきまで其処で泣いていた。
殺されたみずほを思い出しながら。
涙がバスタブを溢れ出しそうになる。
それを見ながら感傷に浸っていた。
そんな俺に同じ傷みを持つ叔父さんは優しい。
だからつい此処に来てしまうのだった。
俺は自称サッカー部のエース。
その自称を外したくて頑張って来た。
でもそのためにみずほは殺されてしまったのだった。
責任は俺にもある。
真犯人の内の一人は俺の幼なじみだったのだ。
みずほが死ねば俺が振り向いてくれると信じて、クラスメートを焚き付けて死の淵に追いやったのだ。
なのに未だ何でみずほが死ななければならなかったのかが解らない。
さんざん泣いた後でもまだ涙が溢れてくる。
俺は何時もより興奮していた。
このアパート、暮らし出した当初は仮宿所にするはずだったらしい。
警察には家族寮があり、いずれは其処へ移るつもりだったのだ。
そう……
叔父さんは元警視庁勤務、凄腕の刑事だったのだ。
俺の記憶には、正装した叔父さんしかない。
叔父さんと叔母さんの結婚式の時の物だ。
警察官の結婚式には、正装の式服がレンタルされる。
肩にブラシのような物が付いた物凄く立派な、誰でも惚れ惚れする位格好いい姿だった。
『叔父さん、あの服見せて。結婚式に着ていた格好いいヤツ』
叔父さんが新婚旅行から戻った時、聞いた覚えがある。
『あれはな……貸してもらったんだよ』
申し訳なさそうに叔父さんが言っていた。
『あらーっ、瑞穂君も格好いいと思ったの。私も惚れ直したのよ』
叔母さんは照れずに言った。
だからそっと叔父さんを見たんだ。
そしたら、叔父さんは耳まで真っ赤になっていた。
『この子はシャイで』
母が言うと叔母さんは微笑みながら言った。
『だから好きになったの』
と――。
物心ついた頃の記憶だと思う。
それでも忘れられないんだ。
興奮したのか叔父さんはモジモジを通りすぎで盛んに手を擦りつけていた。
そう……
今から思うと、あれが叔母さんとの別れだったんだ。
叔父さんは殺人事件の容疑者を追っていた。
新婚早々だと言うのに、殆ど自宅に帰れなかったんだ。
叔母さんは、実家から送られて来た洋服の整理をしていた。
其処へ宅配業者を名乗った人が訪ねて来た。
叔母さんは戸を開けた。
段ボールで顔を隠したその人はナイフを隠し持っていた。
殺人事件から目を離してもらおうとして脅すつもりだったらしい。
でも叔母さんは殺されてしまったのだった。
騒がれたから?
たったそれだけの理由で。
未解決事件なので真相は判らない。
でも叔父さんはそう思っていたのだ。