巡り巡る命
真紅の薔薇
 ところがシュンは来た。
 それも毎日、一日買い上げを繰り返した。
 シュンは私の体ではなく私の時間と心を買ったのだ。
 私はもう抱いてくれなどとせがむことはなかった。シュンには失礼だが男性として不能な男が酔狂な遊びをしているのだと思い込んでいたのだ。
 私は知らなかった。『お母さん』とシュンが私の身請け話をしていた事など。
 私はまだまだ稼げる。だから『お母さん』は私を手放したくなかったのだ。
 それでも最後には『お母さん』が折れた。
 その日は唐突にきた。
 『お母さん』が荷物をまとめるようにと言ったのだ。
 私は娼館を追い出されるような不手際を犯してなどいないのに。
「『お母さん』、私に悪い点があったならなおしますから……!!」
 するとお母さんは言ったのだ。
「幸せにおなり」
 意味が解らなかった私は、泣き出してしまった。その時、シュンが迎えに来たのだ。
 そこで初めて私は身請けされた事を知った。
 馬車に真っ赤な薔薇を馬鹿みたいに詰め込んでいるのを見て、私はシュンの気持ちを初めて知った。
 いつか寝物語に、赤い薔薇で一杯の馬車で迎えに来てくれる人がいたら何処までもついていきたいって何気なしに私は言ったのだ。
「御免、リーナ。君の気持ちを確かめている時間がなくなった。もっと時間をかけるつもりだったのに。嫌なら嫌でいい。でも僕でもいいなら妻になってくれ」
 シュンの言葉に、私は頷いた。
 夢みたいなことが起きた。
 もう私は娼婦じゃないんだ。
 そして金持ちの爺の後妻に入るわけでもなく好きになった男の妻になるんだ。
 でもこれは夢じゃないんだって薔薇に包まれながら思った。
 初めてシュンに頤を持ち上げられ、私は恥ずかしくて目を伏せた。
 初めて唇が触れ合う。シュンの唇は熱くて、舌を絡めると煙草を吸わないシュンの舌は甘くて。
 一通り味わい尽くしたかと思うと、御者が「教会に着きました」と言った。
 教会?
「もう、結婚式を挙げるの?」
「一週間後、僕は戦地に召集された。時間をかけて君の気持を僕に向かわせたかったのに、すまない。だけれども、絶対僕みたいな思いはさせない。肉親が一人もいないなんて天涯孤独な身の上には絶対にはさせない。生きて帰ってくる。だから、結婚してほしい」
 時間はたくさんあった。シュンと過ごす時間は。
 それなのにそんな気持ちをおくびにも出さないで、いや、出せないで、ただ私を買い続けた不器用な男。それも半年も。
「生きて帰ってくるのね?」
「ああ」
「約束よ」
 力強く、シュンは頷いた。
 結婚式はシュンのお母様のドレスとヴェールで執り行われた。
 そしてその夜、シュンは初めて私を抱いた。宝物みたいに、大事に大事に。
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