光の中のラビリンス[仮]
そのことに明らかに気づいているだろうに、少年は微笑を浮かべて首をかしげた。



「どうして死にたいの?」

「……ふざけてるの?」



瞳に剣を宿し、少女は彼を睨んだ。


理由など、自分を見れば明らかだろう。


洋服ともつかない汚れてボロボロの衣服。


極めつけはむき出しになった手足についた生傷だ。


鋭い視線を向けられ、少年は苦笑を零す。



「ごめん。ふざけてるわけじゃないよ。ただ……どうして死を選んだの?
逃げると言う選択肢もあったでしょ?」

「バカじゃないの? あるわけないじゃない。そんなもの」



睥睨して、吐き捨てるように言い放つ。


彼女たち奴隷を買うのは、貴族だ。


それも田舎の半端な貴族とは違う。王家に認められ、王都に住まう者たち。


そんな彼らから逃げようものならどうなるか。考えればすぐに分かることだ。


脳裏に、思いだしたくもない過去がよみがえる。


一瞬、少女の面に陰が指した。剣を宿した瞳は脅えたそれに変わり、それを誤魔化すためか彼女は少年に鋭い視線を向けた。



「よく考えてみなさいよ。私たちが買われるのは王都の貴族。逃げたって……すぐに見つかるに決まってる。見つかって……それで……」



声が震えた。


忌まわしい過去が脳裏にちらつき、少女は苛立たしげに荒々しく息をつく。


奴隷が主の元から逃げた場合、示される道は三つだけ。


売られるか、酷い拷問を受けて主に脅えながらその家に仕えるか――はたまた、拷問を受けて売られるか。


どの道を選んだとて、彼女たち奴隷に待つのは恐怖と闇だ。


だから自分たちは逃げない。少しでも、身に負う傷を少なくするために。








< 5 / 6 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop