キズだらけのぼくらは


ふと目線を下げれば、すぐそこに一匹のトンボが停滞して宙に浮いていた。

透き通る繊細な羽を小刻みに動かして、ピタリとその場にとどまっている。

時々風に揺れながらもその姿は余裕たっぷりで、その大きな目は萎びた芝生も赤い紅葉も悠々と眺めていた。

こんな薄くて綺麗な羽で、その身体を浮かせているトンボはなんて美しいんだろう。

私なんかこんなに大きな図体を持っていたって、なにもできない。

足は無様に引きずることしかできないし、このトンボの羽みたいに透き通った心はとっくに消えた。

ねえ、私にもそんな綺麗な羽が与えられたら、優雅に飛べたのかな?

ううん、そんなことあり得ない。

どうせ私は、汚い心の重さで沈んでしまう、きっと……。

「だけどね、このままじゃいけないって思うんだ。私もちゃんと人と向き合いたい。受け入れてもらえなかったとしても、私は私のままでいたいって思うの」

でも、結愛がそう言った時、トンボが大きく羽ばたいた。

目の前で浮いていたトンボが、一気に高度をあげて飛び去っていったの。

青い空に吸い込まれるように、軽く速く、遠くまで浮かび上がって。


< 339 / 490 >

この作品をシェア

pagetop