優しい爪先立ちのしかた

その言葉を発する前にぐいぐい腕を引っ張られて、栄生は彼女の車に押し込まれた。

「壱ヶ谷も乗らないんなら置いてっちゃうぞ」

「おいこら、早穂!」

後部座席で天井を見つめていた栄生の耳に最後に入ったのは梢の砕けた口調。

サホさん、というのか……。







目を覚まして、眠っていたことに気付いた栄生。

梢の顔を見上げて「…梢」と呟く。

「おはようございます」

前髪を梳く。栄生が上体を起こそうとした所で車が急停止した。

声にならない悲鳴をあげた栄生がシートから落ちそうになったのを助けて、梢が前を睨む。

「よし!」

「よしじゃない。ペーパーで運転すんなこの馬鹿」

駐車場に車を停めたらしい早穂がガッツポーズを見せた。



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