優しい爪先立ちのしかた

壊れた腕時計は修理に出した。古い物なので、難しい顔をされたが、カナンを通して親しくしていた栄生が話してくれた。

暫くして顔を上げた。

雲行きが怪しい。梢は空を仰いで思う。

それから少しも経たない内に雨が降ってきた。
ぽつり、とスーツの色を変えていく。

「遅いから、」

雨の音が消える。小さい足音と少し視界が暗くなった。

斜め後ろを見ると、栄生の姿。


「来ちゃった」


少し申し訳無さそうに眉を下げている。本当は来る気は無かった、が雨が降ってきたので。

そう言い訳するつもりだった。

梢の顔を見るまでは。

静かに傘を持ったまま、梢の隣に座る。そして手を併せる。



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