優しい爪先立ちのしかた
蕎麦といったら薫る家だ。
今まで食べた蕎麦の中では絶品だと栄生は思う。
「あ、美味い」
「あざまーす」
店内のテーブル席に座る店員の声に梢は振り返る。黒いエプロンを身に付けた彼は欠伸を噛み殺す。
「そこの派手髪は新しい世話係ですか?」
「梢っていうの。ゴールデンレトリバー」
「血統種付きですか。きっと高く売れますね」
売られる…? 梢は栄生と店員の会話に口を挟まず、蕎麦を啜った。
「派手髪さん、店長の義巳です。よろしく」
歳は三十代前半に見える。差しだされた手に、梢は手を伸ばす。
「どうも、よろしくお願いします」
「梢だってば」
「あ、すいませんね。つい。よろしくお願いします」
けらけらと笑う店長。梢も少し笑みをこぼして、その場の空気が緩む。