幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
奈帆子が壁から絵を外すのを、止めることも出来ず眺めていた。


「痛っ」


何かで切ってしまったのか、奈帆子の右手の白い人差し指の先に赤い線が入っている。


ぷつり、と血が玉になって溢れ出た。


礼太の心臓が、跳ね上がった。


ドクリ、ドクリ、と嫌な音をたてる。


またあの感覚だ。


身体がいう事を聞かない。


水妖のこどもを殺す夢(実際には夢じゃなかった)を見た時と同じだ。


しかしあの時と決定的に違うのは、その『ナニカ』がよりはっきりと存在感をもっていることだ。


…血……血ダ…血ガ欲シイ……


足が、一歩先を踏んだ。


礼太は自分がしようとしていることが分かってぞっとした。


しかしなす術がない。


誘惑に勝てない。


アノ緋色ノ水ニ舌先デ触レテソレカラコノ女ノ血ヲ飲ミ干スノダ


ああ……甘い…甘い匂いがする……


礼太の顔に恍惚とした笑みが浮かんだ。


「もう、我ながら間抜けね。何で切ったのかしら」


奈帆子の声にハッとして、礼太は目をしばたいた。


僕は……僕は何をしようとした……






礼太の様子がおかしいことに気づいたのか、奈帆子が訝しげな顔をする。


「どうしたの、具合悪い?」


礼太は奈帆子が近寄ってきたぶん、一歩後ずさった。


怖い。


何が怖いかと言えば、勿論、自分が怖いのだ。


「あの、僕……」


ごくりとつばを呑み込んで軽く頭を下げ、礼太は背を向けて駆け出した。








































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