幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
礼太はころがるように部屋に駆け込むと、音をたててドアを閉めた。


そのままもたれ掛かり、ずるずると座り込む。


心臓がどくどくと嫌な音をたてた。


(あれは……いったい)


動悸がおさまってくるにつれて、頭も冷静になってくる。


ため息をついて、膝に頭をうずめた。


さすがに、気のせいで流すことはできない。


朝川中学の時のように夢と思い込むにはあまりに現実の色が濃い。


奈帆子の指先からぷくりと膨れた赤い血
を目で捉えた瞬間、礼太の中で何かが目を開けた。


血が欲しいと言っていた。


そしてその欲求は礼太自身のものでもあった。


自分は本当にどうにかしてしまったのだろうか。


それとも、何かに憑かれているとか。


『憑く』という現象に関しては礼太はほとんど知識がない。


実際に起こり得ることだということしか、知らない。


………帰ったら、華女さんに話そうか。


それが、一番いいだろう。


しかし、いざ面と向かった時に、言葉が出てくるかどうか。


ただでさえ役に立たないのに、いらぬ手間だけかけさせる。


気のせいだと言われるのも怖い。


哀れむような目で見られるのが怖い。


結局、自分は何もかもが怖いのだと自嘲した。


とにかく、今は誰にも会いたくない。


がたがたくすくすと音を立てる屋敷の一部屋で礼太は一人、目をつむった。












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