幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
もがき苦しんでいる女の声が廊下に漏れている。


長い廊下を走り終え、前を行く華澄が勢いよくドアを開けた。


暗闇に慣れた目が蛍光灯の光に一瞬くらんだ。


顔の前を手で覆って部屋の中に入り、ゆっくりと目を開けると、目を瞑ったまま苦しそうに荒い息をする奈帆子と、ベッドの横で突っ立っている希皿がいた。


華澄が協力を仰いで、奈帆子を見張ってもらっていたのだ。


雪政は、今頃奥さんの方を見張っているはずだ。


手にはいつぞや見た刀が握られている。


鞘からは出していなかったが、右手が柄の部分に軽く添えられていた。


その気になれば簡単に抜ける体勢だ


「……なあ」


希皿が少し緊張した面持ちで声をあげた。


「お前の言うとおり、首締め幽霊は奈帆子の生き霊であってるだろうが……多分、それだけじゃねえぞ」


華澄と聖の表情もベッドの上の奈帆子を見て次第にこわばってゆく。


一人状況を理解できないながらも、兄弟たちのとって予想外のことが起きているのは礼太の目にも間違いない。


希皿がかすかに笑った。


どこか自嘲じみた笑みだ。


「隙をつかれたな。生き霊出すようなやつの精神は不安定なのが常だ。しかも、お前らがこれだけ近づかなきゃ気づかなかったってことは、かなり深く潜り込んでる。どうやって引きずりだしたものか………」


重苦しい空気の中に、奈帆子の呻き声だけが響く。


礼太はおずおずと、尋ねた。


「……なにか、まずいことが起きたの」


希皿がゆっくりとこちらを向いた。


淡くどこか仄暗い瞳の中で、蛍光灯の光が満月のようにぽっかりと浮かび上がっていた。


「妖霊が取り憑いてる」


『憑く』という言葉で嫌なことを思い出し、礼太は思わず顔をしかめた。








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