幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
「……僕がずっと怖かったのって、これだったのかなぁ」


聖が気弱げな声を上げた。


「……たぶん、そうでしょうね。妖霊がいるから、この山は淀んでるんだわ。」


「でも、感じるのは外だけだったよ?屋敷の中には隼人くん以外の妖は感じなかった……」


「それは……今夜、取り憑かれたからでしょう。奈帆子さん、遅くに外に出たりしなかった?」


華澄が尋ねると、希皿はうなづいた。


「………ああ、行ったと思う。どこに行ったかは分からないけど。屋敷の外に出たかは定かじゃない」


希皿の答えに、なぜか華澄は少し安心した様子を見せた。


「きっと外に出てしまったのね。隼人くんの護りから外れてしまったんだわ。」


「……辻褄合わせは後でもできるだろ」


希皿が射抜くように華澄を睨みつけた。


小学生の女の子を見る目つきではない。


希皿の瞳には、明らかに侮蔑が浮かんでいた。


「今はこの女の中から、妖をひっぱりだすことだけ考えろ。」


華澄はキッと睨み返したが、ここで言い争う気はないらしく、唇を強く噛んだだけだった。


「奈帆子はただでさえ精神が不安定になってる。そこに妖にここまで深く憑かれて……無理矢理引き剥がせば何とかなるだろうが、奈帆子が正気に戻れるかわからねぇな……おい、あんた」


そう呼びかけて希皿が見たのはなぜか礼太の方だった。


「どうにか出来ないか」


こんな時だというのに一瞬ほうけてしまった。


希皿は何を言っているんだ?


僕に力がないことは知ってるだろうに。


「……どうにかって………僕には何にもできないよ」


「……だめか」


希皿はあっさり引き下がると、聖を見た。


「お前らに秘策があるなら別だが……とりあえずは手順を踏もう。弟、お前得意だろう。魂やらなんやらと会話するの。奈帆子の心にある生き霊になってしまった原因を探って取り除くか、せめて精神を慰めるかしてくれ」


「……奈帆子さん生きてるじゃない」


「生きてたって魂は魂だろ」


希皿に指図されるのが気に入らないのか聖は少しむくれたが、背に腹は変えられないのか、奈帆子の顔の脇にしゃがみ込み、静かに目を閉じた。


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