幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
翌日の朝、目を覚ました礼太は、布団の中で深くため息をついた。


できることならもう少し眠っていたかった。


眠っていた方が、何も考えずにすむ。


しかしそうもいかないことは礼太が一番良く分かっている。


昨夜、父が憤然たる面持ちで舞禅の間に背を向けた後、礼太の周りは散々だった。


父の後を追いかけるべきなのか、それとも華女、もしくはぷかぷか浮いてる女の子に、自分ではなく弟か妹を選びなおすよう話すべきなのか。


どうしようどうしようと逡巡しているうちに、いつの間にやら親戚一同に囲まれ、質問責めの祝福責めにあっていた。


いやぁ、驚いた、まさか礼太くんが次期様とは!

君が力を持っていないというのは本当かね

いや、それよりも廉姫は本当にいるのか?

次期様はあらかじめ選ばれることを知っておられたのですか?


普段から見知っている人々だけならいざ知らず、これまで一度も会ったことのない縁者もいる。


華女や妹たちの手前、恥ずかしい姿は見せられないと頭では分かっていつつ、受け応えはしどろもどろで要領を得ないものになってしまった。


おそらく、三日も経てば、次期当主は恐ろしく冴えないらしいぞ、という情報が本家に集まらなかった親戚にも広まるに違いない。


奥乃家に名を連ねる者はその生業ゆえに一挙かいして自分たちの持ち場を離れることはできない。



血で磁場をつくっている結界や封印がかなりの数ある。


それらを守るために場にとどまった人たちの人数を思えば、礼太がげんなりするの無理はなかった。


『次期様』と呼ばれるのもなんだか心苦しい。


次期様、という呼び方は、いわば江戸時代の名残。


そう呼ばれるということは、当主に次ぐ存在であるという証だ。


礼太の心情を理解しつつも、どこか面白がっているのが丸分かりな華女。


現当主たる彼女は礼太が囲まれることに疲れ果てた頃合いを見計らったのか何なのか、躊躇いもなく上座から下りると、礼太のところまですたすたとやってきて、若干怖気づく親戚連中ににこりと微笑み、


「そろそろ、勘弁して差し上げて。『次期様』もお疲れよ」


嬉々として『次期様』を強調し、赤面する礼太の手を引っ張り、舞禅の間からあっさりと救い出した。


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