幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
痛いほどの沈黙が流れた。


聖の額にはうっすら汗が滲んでいる。


(奈帆子さん……)


生き霊になってしまうほどの心の闇。


それはどれほど根の深いものなのだろうか。


きつい性格、奔放な態度。


それと相反するような家庭的な面、綺麗な絵。


礼太は横たわる奈帆子とそのそばでひざまずく聖の姿にふと不安を覚えた。


奈帆子という人間の深淵に深く深く入り込んだ弟が、二度と抜け出てこられなくなるのではないかという、不安。


聖がふっと息を吐いて立ち上がった。


「ダメ……」


肩を下げる聖に、華澄が言った。


「……奥さんと旦那さんを呼んでこよっか。今のこの状態を、説明しないわけにはいかないもの」


荒療治をする場合、奈帆子の精神にどのような影響があるか分からないことも言わなければならない。


華澄はちらりと希皿に目をやると、スカートを翻してドアの外に出ていった。


「……うう……う''ぁぁあ……ふぅ……」


その時、獣のような呻き声が礼太の鼓膜を打った。


「奈帆子さん?」


目は閉じたまま、まるで悪夢から逃れようとしているかのように、呻きながら身をよじっている。


「苦しいの?」


「礼太っ」


希皿の制止の声が聞こえた時には、礼太は奈帆子のそばに駆け寄り、その白い手を握っていた。







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