幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
「奈帆子さん、大丈夫ですか?」


礼太が問うと、奈帆子は顔をしかめた。


確かに、奈帆子からすれば藪蛇もいいところだ。


「あんたの方こそ大丈夫なの?夕飯食べられないくらい具合悪かったんでしょ」


そういえばそういうことになってた。


「大丈夫ですよ、もうすっかり」


頬を引きつらせながら言えば、あっそう、と気のない返事がかえってくる。


「で……なんなわけ?」


険しい顔を向けてくる奈帆子に、華澄と聖が顔を見合わせて肩をすくめた。


「まさか、パパの身になにか?」


身を乗り出さんばかりの奈帆子に、礼太は慌ててフォローをいれた。


「だ、大丈夫ですよ、何ともないですから」


「大丈夫じゃないのはあんたの方」


希皿がポツリと言った言葉が、蛍光灯に照らされた部屋に、やけに重苦しく響いた。


今度は奈帆子が頬を引きつらせた。


「……どーゆうこと?」


「そのまんまの意味」


まだ完全に声変わりしていない少年の声には、惑いがなかった。


「ほんとはあんただって分かってるはずなんだ、いや、気づかなきゃいけない。いつまでもこのまんまじゃ、真っ先に自分の身を滅ぼしちまうぞ」


「な……なにを…いったい…」


奈帆子の声に淀みが生まれた。


言われていることの意味は分からない。


でも、確かに自分は何かを知っている。


何かに気づくことを恐れている。


戸惑い怖がる奈帆子の視線が行き着いた先は、礼太だった。


礼太はどきりとした。


化粧をしていない奈帆子が不思議なくらい華女に似通って見えたのもあるが、何より、女の人にこんなふうに縋るような目で見られたのははじめてだった。


奈帆子の瞳は、確かに助けを求めていた。


その受け取り手に自分がふさわしいとは思えないが、奈帆子の目はまっすぐに礼太を見ている。


さっき見た一瞬の幻、もしかしたらあれは、奈帆子のSOSではないだろうか。


奈帆子に憑いた妖を通して礼太に送られた、救命要請信号だ。


礼太は吸い寄せられるように奈帆子に近づき、ベッドの脇に膝をついた。


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