幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
「…………んっ」
どうやら意識を失っていたらしい。
ふらふらとおぼつかない頭を叱咤しながら身体を起こすと、急に先ほどまでの光景がフラッシュバックした。
「華澄!聖!」
「目が覚めたか」
すぐ側で、希皿が微笑んでいた。
「あいつらは大丈夫だ。ほら、雪政が治してる」
希皿の指す方を見れば、華澄と聖が横たわっている所に跪いた雪政が、聖の身体の上に手をかざしていた。
やわらかく触れる仕草は優しくて、いつもはへらへらと嫌味な顔は真剣だった。
這いつくばるようにして近づけば、二人の寝顔は安らかで、苦痛など全く見えない。
「いちよう、目につく傷は治したよ、でも、まぁ、完全に治せたわけじゃないから、ちょっと痛いかもだけど」
雪政は立ち上がると、へらっと笑って礼太に言った。
「………ありがとう」
小さな声で礼を告げれば、希皿にふんっ、と鼻を鳴らされた。
「借りだ。いつか返せ」
腹が立ってもおかしくなかったが、希皿の顔は照れてるようにしか見えなくて、こんな状況でなければ、声をあげて笑ってしまったかもしれない。
「どうして分かったの」
「隼人くんが教えてくれたんだよぉ」
雪政がのんびりと答えた。
「……隼人くんが?」
あの逃げ回ってた隼人くん?
14歳の時にひどい死に方をした、奈帆子の兄か。
「何はともあれ、無事で良かった」
「……あれは、何だったんだろ」
「……さぁ、俺にもいまいちわかんないよぉ。でも、『よくないもの』であることは確か。」
そう、あれはよくないものだった。
「アレは……何処かへ逃げたの」
「いや、あの『よくないもの』は消えたよ。大したものだね、君の妹と弟は」
華澄と聖の頬に触れながら、礼太はわなわなと唇を震わせた。
「……ぼくっ、また妹と弟に守られたっ、二人がやられてるの、見てることしかできなかった‼」
慈薇鬼の二人にこんなことを言っても仕方がないのに。
言葉が堰を切ったように零れでた。
「なんで僕は、こんななんだろ。二人の役に立ちたい、家の役に立ちたいのに、結局守られて守られて、その繰り返し、僕は……っ」
「自分を卑下するな」
希皿の声がやわらかく、耳をくすぐった。
茫然と希皿を見上げれば、本人も驚いたように礼太を見つめ返した。
そして恥ずかしげに頬を紅潮させる。
「その、あんたは、多分、自分で思ってるほど、弱くない、し、一方的に守られてるわけでも、ない、と思う」
ぽかーん、と希皿を見つめる礼太の横で、雪政がくすりと笑った。
空が少し、明るくなってきた。
夜明けは近い。