幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
礼太は目をパチパチさせた。
華澄と聖の方をみて、タオルケットが上下しているのを確認して安堵する。
それから、先ほどの言葉に対して、ゆっくりと首を横に振った。
「……僕はほとんど何もしてないよ、奈帆子さんは多分、自力でも気づけてた」
『うーん、そうかもしれないけど、やっぱり、ありがと。それに』
生身の小学生ではあり得ない大人びた笑みが隼人の顔を彩る。
『あの悪い奴を退治してくれたのは間違いなく、君だもの』
「悪いやつ?」
『そう、悪い奴。とっても良くないものだよ。………山の林の中に、祠があるのをみたでしょ?』
「うん」
『あれはね………供養塔なんだ。あの悪い奴が人間だった頃に殺した、たくさんの子どもたちの為に建てられたものなんだよ。もうずっとずっと昔のことだけど。もとは社もあったんだけど、時間が経ちすぎて壊れちゃったんだ。』
「………あれは……人間だったの」
『そうだよ』
「……じゃあ、魔じゃなくて妖霊だったんだ。」
『…………あれは、名前をつけられらるようなものじゃないよ。ただ、とてもとても良くないもの、それだけ。』
隼人は聖に近寄ると、頬をそっと撫でた。
『この子には悪いことしちゃった。あいつが返ってこないうちにあの可哀想な子たちを解放してあげたくて、呼び寄せたんだけど』
礼太は目を見開いた。
かすかだが、怒りがこみ上げてくる。
「聖が突然外に飛び出したのは君のせいなのか‼」
『うん』
非難の言葉を浴びせようとしたが、隼人のあまりにも悲しげな表情に二の句が告げなくなる。
『この山にはね、あいつに殺された子どもたちの魂とその思いが、ずっと囚われてたんだ。そして死してなお、苦しめられていた。あいつはたくさんの子どもを殺した後、村人たちに捕まって、その時代で一番残酷な殺され方をしたから、いっぱい恨んで死んでったんだ、だから…………。
君の弟なら、なんとかしてくれると思った。とても清浄で強い力を感じたから、あの子たちを救ってくれるんじゃないかって。』
聖の髪をことさら優しく撫でながら、隼人は続けた。
『この子はあの子達をあいつの呪縛から解放してくれた。みんな救われて嬉しいって、喜んでるよ、この子に感謝してる。その代わり、この子は体験してしまったんだね、殺された子たちの魂に触れて、その瞬間を体験してしまったんだ。あいつに殺される、幻を見たんだ』
だから、あの時、聖はあんなにも憔悴していたのか。
礼太の心臓がずきりと痛んだ。
『でも、君には驚いた‼』
急にはしゃいだ声を上げた隼人はぎゅっと礼太の手をとった。
『奈帆子を助けてくれただけじゃない。あいつを倒しちゃうんだもの』
礼太は一瞬フリーズして、苦笑いしながら首を振った。
「僕は何もしてないよ、あれを倒したのは僕の妹と弟」
『………違うよ、君だよ』
「……僕じゃないって」
『でも、君だもの』
「ちがう」
隼人は不思議そうな顔をしたが、またすぐに笑顔に戻った。
『これで、家族を心配せずにすむ。いつあいつに殺されるんじゃないかってひやひやして、なんとかこの家から追い出そうと画策する日々も終わり‼』
本当に嬉しそうに微笑む隼人に、何とも言えない気持ちになる。
ふと、ある勘がよぎったからだ。
もしかしたら、隼人くんはあの悪いものに殺されたのだろうか。
『その通りだよ』
聞いてもいないのにそう答えられて、礼太は本日何度めかで目を丸くした。
静かな笑顔で、隼人くんは言った。
『14歳の時、僕はあいつに殺された。
……それからずっと、家族を守ってた。
雫は、守りきってあげられなかったけど。
猫は自由を愛する生き物だからね、僕の思い通りにはならないんだ。』
ねぇ、と隼人くんは微笑む。
『僕、君にとっても感謝してる。だからいつか何か困ったことがあったら僕を呼んで。こう見えて、結構強いから』
一瞬くらりと視界がゆがんで、先ほどまで男の子がいた場所に、同い年くらいの少年が現れた。
学ランを着ている。
おそらく、隼人が死んだ時そのものの姿なのだろう。
理知的だけど、茶目っ気たっぷりな瞳は清廉な光を放っていた。
『ありがとう』
声変わりの途中の掠れた声が礼太の耳をくすぐった。
華澄と聖の方をみて、タオルケットが上下しているのを確認して安堵する。
それから、先ほどの言葉に対して、ゆっくりと首を横に振った。
「……僕はほとんど何もしてないよ、奈帆子さんは多分、自力でも気づけてた」
『うーん、そうかもしれないけど、やっぱり、ありがと。それに』
生身の小学生ではあり得ない大人びた笑みが隼人の顔を彩る。
『あの悪い奴を退治してくれたのは間違いなく、君だもの』
「悪いやつ?」
『そう、悪い奴。とっても良くないものだよ。………山の林の中に、祠があるのをみたでしょ?』
「うん」
『あれはね………供養塔なんだ。あの悪い奴が人間だった頃に殺した、たくさんの子どもたちの為に建てられたものなんだよ。もうずっとずっと昔のことだけど。もとは社もあったんだけど、時間が経ちすぎて壊れちゃったんだ。』
「………あれは……人間だったの」
『そうだよ』
「……じゃあ、魔じゃなくて妖霊だったんだ。」
『…………あれは、名前をつけられらるようなものじゃないよ。ただ、とてもとても良くないもの、それだけ。』
隼人は聖に近寄ると、頬をそっと撫でた。
『この子には悪いことしちゃった。あいつが返ってこないうちにあの可哀想な子たちを解放してあげたくて、呼び寄せたんだけど』
礼太は目を見開いた。
かすかだが、怒りがこみ上げてくる。
「聖が突然外に飛び出したのは君のせいなのか‼」
『うん』
非難の言葉を浴びせようとしたが、隼人のあまりにも悲しげな表情に二の句が告げなくなる。
『この山にはね、あいつに殺された子どもたちの魂とその思いが、ずっと囚われてたんだ。そして死してなお、苦しめられていた。あいつはたくさんの子どもを殺した後、村人たちに捕まって、その時代で一番残酷な殺され方をしたから、いっぱい恨んで死んでったんだ、だから…………。
君の弟なら、なんとかしてくれると思った。とても清浄で強い力を感じたから、あの子たちを救ってくれるんじゃないかって。』
聖の髪をことさら優しく撫でながら、隼人は続けた。
『この子はあの子達をあいつの呪縛から解放してくれた。みんな救われて嬉しいって、喜んでるよ、この子に感謝してる。その代わり、この子は体験してしまったんだね、殺された子たちの魂に触れて、その瞬間を体験してしまったんだ。あいつに殺される、幻を見たんだ』
だから、あの時、聖はあんなにも憔悴していたのか。
礼太の心臓がずきりと痛んだ。
『でも、君には驚いた‼』
急にはしゃいだ声を上げた隼人はぎゅっと礼太の手をとった。
『奈帆子を助けてくれただけじゃない。あいつを倒しちゃうんだもの』
礼太は一瞬フリーズして、苦笑いしながら首を振った。
「僕は何もしてないよ、あれを倒したのは僕の妹と弟」
『………違うよ、君だよ』
「……僕じゃないって」
『でも、君だもの』
「ちがう」
隼人は不思議そうな顔をしたが、またすぐに笑顔に戻った。
『これで、家族を心配せずにすむ。いつあいつに殺されるんじゃないかってひやひやして、なんとかこの家から追い出そうと画策する日々も終わり‼』
本当に嬉しそうに微笑む隼人に、何とも言えない気持ちになる。
ふと、ある勘がよぎったからだ。
もしかしたら、隼人くんはあの悪いものに殺されたのだろうか。
『その通りだよ』
聞いてもいないのにそう答えられて、礼太は本日何度めかで目を丸くした。
静かな笑顔で、隼人くんは言った。
『14歳の時、僕はあいつに殺された。
……それからずっと、家族を守ってた。
雫は、守りきってあげられなかったけど。
猫は自由を愛する生き物だからね、僕の思い通りにはならないんだ。』
ねぇ、と隼人くんは微笑む。
『僕、君にとっても感謝してる。だからいつか何か困ったことがあったら僕を呼んで。こう見えて、結構強いから』
一瞬くらりと視界がゆがんで、先ほどまで男の子がいた場所に、同い年くらいの少年が現れた。
学ランを着ている。
おそらく、隼人が死んだ時そのものの姿なのだろう。
理知的だけど、茶目っ気たっぷりな瞳は清廉な光を放っていた。
『ありがとう』
声変わりの途中の掠れた声が礼太の耳をくすぐった。