幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と











辻家の怪異は、とりあえず片付いた。


もちろん、家族間の心の問題、しがらみは残る。


しかしその辺に、退魔師の出る幕はない。


見ものだったのは、華澄と聖が目覚めた後の慈薇鬼の二人とのやりとりだ。


慈薇鬼の二人が気絶した華澄と聖を担いで家まで運んでくれたことを知ると、顔を真っ赤にして屈辱をあらわにする華澄だったが、確かに小さくぼそりと、「ありがと」と言ったのだ。


にやにやして、華澄ちゃん照れてるのー?とのたまう雪政にはいつも通り噛み付いていたけど。


聖は華澄以上にショックな顔をしていた。


唇をぎゅっと噛んで目にはうっすら涙すら浮かんでいた。


横でおろおろして見守る礼太を尻目に、聖はぺこり、と頭を下げた。


それを見下ろす希皿の目は冷たかった。


「まぁでも、君たちは凄いよ、あれを退魔したんだから」


雪政が言うと、華澄と聖がきょとんとした。


「………あんたらがやってくれたんじゃないの」


「いいや?俺たちが君らを見つけたときにはもう、いなくなってた」


「……まさか!逃げただけなの⁈」


真っ青になる華澄をまあまあと雪政がなだめる。


「大丈夫だよ、あれの存在は間違いなく消滅した。そりゃあんだけ強烈だったから、痕跡は残ってるけれど」


「じゃあ、いったいどうやって……」


希皿がちらりと礼太を見たので、慌てて視線を逸らした。


頬を冷やいものが通る。


『あれをやっつけたのは君だよ』


隼人の声がまだ耳に残っている。


でも、でも本当に、礼太は何も知らないのだ。


結局、これは両家の人間にとって迷宮入りの謎となった。


たった一人、確信を持って奥乃家の長男を見つめていた少年を除いて。


あの「よくないもの」がなんであったかは、聖がぽつりぽつりと語った。


聖が語った話は、礼太が隼人に聞いたものよりずっと細部に渡っていて、ずっと血の臭いがしたが、大まかには、同じだった。


かつてこの山の麓の集落に住んでいた子どもが、大勢殺された。


それは悲しくて、あまりにも無残な事実だった。


(やっぱり、あの子はほんとうに隼人だったんだ。)


ほんとうに14歳の時に殺されて、家族を護り続けてきた。


だから、この屋敷の中は安全で、清浄だった。


奈帆子に、話してあげたい。


でも、それは礼太の一存で決められることではない。


奈帆子は生きていて、隼人は死んでいる。


二人の世界は、とっくに切り離されているのだから。









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