幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
再び眠気がおそってくることはなかったが、礼太はまるで拗ねた子供のように布団の中に居座り続けた。


いいや、華女さんに来いって言われてるけど、時間は設定されてないし。


設定しなかった華女さんが悪いのだと、少々天邪鬼なことも考えてみる。


時計を見れば、10時をまわっている。


かれこれ2時間は布団の中で悶々としていたことになる。


集まった親戚連中はとっくの昔に朝ごはんをすませていることだろう。


多忙な人となれば、すでに帰路についているはずだ。


『次期様』


その肩書きを呼ぶ声が、耳にこびりついて離れない。


「……あ〜う〜」


『うなされているのか』


「うわぁっ」


突如頭上から声が降ってきて、礼太は慌てて飛び上がった。


ばくばくとなる心臓を押さえ、恐る恐る天井を見上げる。


「れ、廉姫」


『ああ、いかにも廉姫だ』


少女は愛らしい唇をほころばせ、どこか嬉しそうにうなづく。


しかし次の瞬間には、きゅっと唇を結び直し、礼太を睨みつけた。


『お前、華女に呼ばれて起きながら未だ寝ぼけているとは何事だ。さっさと起き上がれ』


「は、はいっ」


時間は指定されてないから、怒られる筋合いはないです、とは言えなかった。


若干の恐怖が拭えない。


礼太が唯一可視する妖、廉姫は完全な人型をしていたが、それでもその存在が人ではないことは礼太にも明らかだった。


常に宙に浮いていることもそうだが、いかに手を伸ばそうとも、けして人とは相入れない怖さというものがあった。


その瞳はあまりに透明な純粋さをたたえている。


さながら夜の闇。


油断したらバリバリ頭から喰われるのではないかと、馬鹿馬鹿しいが考えてしまう。


「昨夜も思ったが、お前、間が抜けているのだな」


やや上擦った声で答えた礼太を、廉姫はさも愉快げにけたけたと笑う。


「今までは時折見ておるだけだったからな。大人しい子供だということしか知らなかった。」


自分の方がよほど子供のようなのに、廉姫はまるで他人の子の成長を面白がるご近所さんのようなことを言う。


ふと疑問に思ったことが、口をついで出た。


「あの、僕には貴女が見えていることを、知っていたんですか」


「ああ、知っていた。赤ん坊の頃から、あれだけ目で追いかけられれば気づくわ」


(………)


なんとも不思議な心地がする。


『……百面相しとる場合ではないぞ。当主の間で、華女が待ちくたびれている』


あきれた声が降ってきた。


そう言えば、廉姫の声を聴いたのは昨日がはじめてだ。
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