幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
辻家から帰ってきてからは、ほとんど毎日部活に行っている。


聖と華澄は帰ってからすぐに家の他の者たちと一緒に東北の方へと向かった。


なんでも結構手間のかかる仕事らしく、礼太は連れていけないとのことだった。


二人がいない間、ほかのろくに知りもしない親戚たちに同行しなければならないのだろうかとげんなりしたものだが、華女はあっさりと、夏休みいっぱいは休んで良いと許可をくれた。


土曜日の御目見得には立場上ますます縛られているが、それ以外は普通の中学生ライフまっしぐらだ。


毎日汗まみれのテニスウェアを洗濯に出すものだから、母はしかめっ面だ。


曰く、自分で手洗いしてから洗濯機の中に入れなさい、と。


洗面台で汗と汚れを落としながら、鏡の中の自分とふと目が合う。


そこにいるのは、お子様と大人の中間の、つまりはどこにでもいる中学生だ。


辻家の山であったことは夢だったんじゃないかと、こういう時思う。


隼人の声は聴こえるし、礼太はあいも変わらず妖退治の奥乃家の次期当主である。


でも、ぐらぐらとおぼつかない心が、つかの間の中休みに入ったみたいに、礼太は今、不思議と穏やかな気分だった。


やはり、家業との関わりを絶たれているからだろうか。





(……そういえば、廉姫をみないよなぁ)


華女は最近、ずいぶん体調が良くてよく表に現れる。


そんな場合、華女の肩の上に廉姫の姿があるのが常だったのだが、思い返せば礼太たちが朝川中学校に行った頃から姿を全く見ていない。


……きまぐれそうだもんな。


華澄の使役する妖に譲葉という名の妖がいるらしいのだが、話によれば気性は優しく、華澄に従順らしい。


そう、使役とはふつう、主に従順なものなのだ。


それが華女と廉姫の場合、まったく対等、むしろ廉姫の方が優勢なようにも見える。


廉姫がこの屋敷内にいることは分かっている。


隼人が教えてくれたのだ。


尋ねてきた、と言った方が正しいのか。


はじめて家の中で話しかけてきて礼太をびっくり仰天させた後、ねえレイくん、と礼太には耳慣れない呼び方をしてこう言ったのだ。


『この家の中にはすごくおっかないのがいるね。ちっこいのに強大で、この屋敷を尋常じゃない力で護ってる。僕が中に入れたのはレイくんにくっついてたからだけど、そうじゃなかったら取り込まれてたかも』


はっきりとは分からないが、ほぼ間違いなく廉姫のことだ。


隼人におっかないと言われるぐらいなんだから相当だな、と背筋が寒くなったが、それ以上にそんな凄い妖が自分の使役になるらしいというにわかには信じ難い未来を思い、居心地の悪さを感じた。



ぎゅっとシャツを絞って水を落とす。


ねじまき状のまま放り込むのもなんなので、ほどいて投げ込んだ。


(………うちにも洗濯機はあるもんなぁ)


電子レンジもあれば冷蔵庫もある。


妖が棲んでいたりする変な家ではあるが、文明の利器が生活の頼りであることは他の家となんら変わりない。













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