幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
「パジャマは入れた?胃薬はもっときなさいね」
「もう、たった一泊だよ。それにパジャマ持ってくるやつなんていないよ、皆、体操服で寝るんだから」
にこにこしながらあれこれ言ってくる母に、礼太はため息をついた。
「こないだは特に何も言ってこなかったじゃないか」
「だって、あの時は華澄ちゃんが一緒だったもの」
がくり、と肩が沈む。
どうやら母の中では、礼太は華澄の後に生まれたことになっているらしい。
「……じゃ、もう行くから」
「気をつけてねぇ」
「はいはい」
母はなぜこうもぽやぽやしているのか。
苦笑いしながら、礼太はラケットとエナメルバッグを担ぎ、裏口にまわった。
「礼太」
廊下の途中でふいに声をかけられ振り向けば、華女が微笑んでいた。
「合宿なのね、気をつけるのよ」
「そんなたいそうなもんじゃないよ。場所は学校だし、一泊だし」
「それでも心配なものは心配なのよ。泊りがけの時だけじゃないわ。あなたが学校に行くとき、遊びに行くとき……いつだって心配。ごめんなさいね、大人の感傷よ」
礼太は静かに首を横に振った。
「御守りは持ってる?」
「あ……うん」
バッグのチャックを開けて見せると、華女はそれを取り出して礼太の首にかけた。
華女が礼太の目を覗き込む。
どぎまぎしたが、そらせない。
「かけていなさい、はずしては駄目」
「でも……」
「テニスをする時は邪魔でしょうけど、貴方のためよ」
切れ長の瞳は真剣で、少し寂しげでもあった。
「……うん、分かった」
はずさない、と小さく答えれば、ふわりと笑った華女が優しく礼太の頬をなでる。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
華女に笑い返して、礼太は外に飛び出した。
早朝、カラッと乾いた空が礼太を迎えた。
「もう、たった一泊だよ。それにパジャマ持ってくるやつなんていないよ、皆、体操服で寝るんだから」
にこにこしながらあれこれ言ってくる母に、礼太はため息をついた。
「こないだは特に何も言ってこなかったじゃないか」
「だって、あの時は華澄ちゃんが一緒だったもの」
がくり、と肩が沈む。
どうやら母の中では、礼太は華澄の後に生まれたことになっているらしい。
「……じゃ、もう行くから」
「気をつけてねぇ」
「はいはい」
母はなぜこうもぽやぽやしているのか。
苦笑いしながら、礼太はラケットとエナメルバッグを担ぎ、裏口にまわった。
「礼太」
廊下の途中でふいに声をかけられ振り向けば、華女が微笑んでいた。
「合宿なのね、気をつけるのよ」
「そんなたいそうなもんじゃないよ。場所は学校だし、一泊だし」
「それでも心配なものは心配なのよ。泊りがけの時だけじゃないわ。あなたが学校に行くとき、遊びに行くとき……いつだって心配。ごめんなさいね、大人の感傷よ」
礼太は静かに首を横に振った。
「御守りは持ってる?」
「あ……うん」
バッグのチャックを開けて見せると、華女はそれを取り出して礼太の首にかけた。
華女が礼太の目を覗き込む。
どぎまぎしたが、そらせない。
「かけていなさい、はずしては駄目」
「でも……」
「テニスをする時は邪魔でしょうけど、貴方のためよ」
切れ長の瞳は真剣で、少し寂しげでもあった。
「……うん、分かった」
はずさない、と小さく答えれば、ふわりと笑った華女が優しく礼太の頬をなでる。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
華女に笑い返して、礼太は外に飛び出した。
早朝、カラッと乾いた空が礼太を迎えた。