幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
「いいなぁ、奥乃先輩の弁当。いっつもめちゃうまそうですよね。オレのなんか冷凍食品の詰め合わせなのに」


唇をとがらせたのは篠宮。


一年生の中で一番背が低い。


人懐こくて物怖じしない性格をしている。


入ってきた時、目をキラキラ輝かせてなぜか入部届を礼太に差し出してきたのを覚えている。


勢いに気圧されて、それは顧問の先生に渡すんだよ、と言うまでにかなりかかった。


「作ってくれるだけいいだろ、俺なんか金が置いてあるだけだぜ、ぽいっと」


和田がすかさず茶々を入れる。


「うーん、でも、毎日ミニハンバーグ入ってるんですよ?」


「いいじゃん、ハンバーグ。うまいじゃん」


二人の言い合いを聞きながら、自分の弁当を見下ろして、確かに母の手料理は手がこんでいるし美味いよな、と思った。


奥乃の分家である七尾家のまごうことなきお嬢さまとして生まれ、家事とは無縁に育ってきたであろう母。


祖父が当座を務める七尾の家は、はっきり言って城である。


七尾家と奥乃家の屋敷(と城)を見比べた第三者は多分かなりの高確率で七尾の家が本家だと思うだろう。


七尾家は妖退治以外の事業でかなりの資産を築いた口ではあるが、退魔師の実力も本家に引けを取らない、らしい。


今日の日本において本家よりも影響力を持つ存在でありながら、なおも分家として七尾が一歩わきまえた振る舞いを崩さないのは……


(本家には廉姫がいるからだろうな、やっぱり)


存在を信じていない者も多いだろうが、あの恐ろしげな気配をまったく感じないとは思えない。


ぱくり、と煮物の人参を口にいれると、じんわりと、冷めても美味しい出汁の味が広がる。


なにはともあれ、母の存在、その心づくしは何にもかえ難く、家族の支えだ。


「そういや、和田先輩と奥乃先輩は誰と当たってるんですか」


「僕は乙間先輩」

「俺は東先輩」


毎年恒例、三年生と後輩対抗のシングルマッチ。


毎年人数合わせのために三年生の中には二回試合しないといけない人が出るのだが、今年は三年と一、二年を合わせた数がちょうど同じなので、アミダで綺麗に決まった。


三年が引退すればテニス部の半数がいなくなることになる。


人懐こい篠宮は寂しがるだろう。


(僕も辞めること、言わなかったら怒るかな)


というより泣かれそうだ。


顧問と話はついており、明日、三年生の引退のオマケみたいな形で部員たちに知らせることになっている。


大半はああやっぱり、と思うだろうが、鈍感というか純真な篠宮に、それとなく察するような芸当は期待できそうにない。


オレ、キャプテンとなんです、勝てるわけないですと頬を膨らませる篠宮の無邪気な横顔を見下ろすと、ズキリと胸が痛んだ。













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