幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
「頑張れ、奥乃!遊ばれてんじゃん!」


和田が横で叫んでいるのが聞こえるが、あいにくとラリーをつなげるのに必死で反応出来ない。


(乙間先輩、楽しそうだな……)


文字通り遊ばれている。


礼太を右へ左へと操りながら、打ち返せるギリギリのところを狙ってくる。


さすが、というかなんと言うか。


「おつまぁ‼本気だせぇー‼」


三年の先輩たちがゲラゲラ笑いながら囃したてる。


「だってぇ、折角の追い出し試合なんだから長持ちさせたいじゃん」


ぺろっといたずらっぽく礼太に舌を出して見せる。


そのちょっとした仕草が何故か似ても似つかない雪政を彷彿とさせて、自然顔が引きつった。


乙間は調子乗りなのだ。


結局、散々振り回された挙句あっさり負けてしまった。


荒い息を整えながら、ネット越しに乙間と握手する。


礼太よりも少しだけ大きくて、指の細い手がギュッっと握りしめてくる。


乙間の柔らかな髪が夏のぬるい風に揺れる。


見上げれば、帽子の陰が濃く乙間の顔を覆い尽くしている。


瞳の色は見えなくて、ニッと横に引かれた口許に思わず目が吸い寄せられた。


「上手くなったもんだよなぁ、あんなちびっこかったのに、こんなでかくなるし」

「先輩の方が背ぇ高いじゃないですか」

「俺今、成長期のフィーバー来てるから」


離した手が礼太の頭の上にのび、くしゃりとかきなぜられた。


「ありがとうございました」


乙間の唇が、やわらかく言葉を紡ぐ。


礼太はふっと胸にこみ上げてくるものを感じながら、至極平然とした声で、


「ありがとうございました」


と返した。











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