幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
夕飯は通例通りのカレーライスだった。


給食員の先生は当然いないので、自分たちで作ることになっている。


礼太たちのグループは家庭科室の鍋を一つ焦がしてしまったが、味自体はまぁまぁいける、というのが概ねの見解だった。


皿を洗いながらふざけあう一年を睨みつけ、割るなよっ、と藤川先輩が叱責を飛ばす。


藤川は三年の元キャプテンだが、今でも実質キャプテンを務めている。


明日の引退によって、名実共に部長の座を和田に譲ることになっている。


何かにつけ厳しく生真面目な人で、合宿という言葉に浮かれない珍しい中学生だ。


乙間と一番仲が良い。


奇妙な組み合わせだ。


「いいぜ、張り切って割れ。そして怒られろ」


乙間の言葉に笑いが沸き起こった。


顧問は苦笑いしている。


藤川が口をへの字に曲げて、泡だらけの手で乙間の頭を叩いた。


賑やかに、騒がしく、でもそれなりに穏やかに時間がすぎてゆく。


礼太は久しぶりに部活の中で肩の力を抜いていた。


和田と顔を見合わせ、ゲラゲラと笑いあった。


抗いきれない運命が、目の前に迫ってきていることも知らず。


己の人生の意味を理不尽に塗り替えられる屈辱と絶望を味わうことになるとも知らず。


礼太はただ、無邪気に笑っていた。












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