幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と




「これは、俺の兄ちゃんの友達の知り合いの話なんですけど。

その知り合いさんを仮に茜さんとしますね。

茜さんの家の近所には昔、おばあさんとおじいさんが二人暮らししている家があったそうです。

とても優しくて子供好きな夫婦だったらしく、茜さんのことも可愛がってくれていた。

ある日、おじいさんが亡くなって、お葬式を執り行うことになりました。

お葬式の後、火葬場に運ぶために棺桶を霊柩車に乗せるのを近所の男の人たちが手伝ったんですが、その中に茜さんのお父さんがいて、家に帰った後、首をひねっていたそうです。

やけに棺桶が軽かった、と。

そりゃ、棺桶自体にそれなりの重みがあったし、中に確かに入っているようではあった。

でも、人一人、それも男の人を入れた棺にしては驚くほど軽かった。

病気をして体重が落ちてたのかね、でも病気をしたという話は聴いてないな、と両親は不思議がっていました。

葬式から数日たって、茜さんはおばあさんに会いに行きました。

そっとしてあげなさい、と両親にはたしなめられたけど、茜さんにはおばあさんを慰めることが自分の使命のように思えたそうです。

玄関で呼びかけるとおばあさんはすぐに出てきました。

いつものように優しく笑いかけてくれたけれど、何故か家にはあげてくれませんでした。

それからも、家にあげてくれることは二度とありませんでした。

その頃から、近所で奇妙なことが起こり始めました。

ペットが消えるんです。

犬も猫もうさぎも。

室内犬とかは無事だったみたいなんですけど。

山から野犬が降りてくるので市が結構手を焼いていたようなんですが、いつからか野犬も姿を消していました。

おじいさんの葬式から三ヶ月くらい経った頃、茜さんはまたおばあさんを訪ねました。

その時も家にはあげてくれなかったけれど、おばあさんの背後、玄関からまっすぐにのびた廊下が見えました。

茜さんは首をかしげました。

廊下の突き当たり、曲がり角の柱から、誰かがこちらを伺っているように見えたんです。

そして、なぜかその顔が亡くなったおじいさんとそっくりだったんです。

コキ、コキと柱の影から首を捻りながら、茜さんをじぃっと見ていました。

おばあさんがすぐにドアを閉めたのでほんの一瞬でしたが、確かに目があいました。

茜さんは急に怖くなって、挨拶もろくにせずに家に帰ってしまいました。

それから茜さんがおばあさんを訪ねることはなくなり、おばあさんはいつの間にか何処かへ引っ越していました。

おじいさんとおばあさんの家は一度更地になって売りに出される手筈になっていました。

下見に来た業者の人が、ふと庭に雑草が他の場所より生えていない場所を見つけて、掘り起こしてみたそうです。

おばあさんの家にはいなかったんですけど、子供のいた家にはタイムカプセルとか埋まってることが時々あって、手遅れになる前に掘り起こして持ち主に返すのがその業者の決まり事だったんだそうで。

だから、業者さんもびっくりですよ。

掘り起こした場所から、タイムカプセルじゃなくて、大量の動物の骨が出てきたんですから。

その話が近所に広まるのはあっという間でした。

気味が悪いんでその土地にはなかなか買い手がつかなかったんですけど、最終的にはよそからきた若夫婦とまだ小さい子どもが引っ越してきて、今もごく普通に暮らしているようです。

そのうち、その家に関する気味が悪い噂はたち消えになった。

でも、茜さんは忘れられなかったそうです。

あの、亡くなったおじいさんのように見えた顔はなんだったのか、庭から出てきた骨はなんだったのか………。

え……と、ごめんなさい、これで終わりです……ええっ、怖くなかったですか、すみません……」






「これはぁ、僕のばあちゃんがばあちゃんに聞いた話、らしい。

いや、近所のばあちゃんだったっけ?

ま、いいや。

とにかく、明治時代の話だよ、めぇじ。

その頃はさ、戸主制度ってゆうの?

兎に角、家族とか親戚っていう関係が今よりも強固だった時代。

その中で、戸主、つまり家長は家族の誰よりも偉いわけだな。

旦那のが奥さんより偉いのが当たり前。

長男が跡をついで、次の偉い奴になる。

曾曾祖母ちゃんが暮らしてた村にはさ、特にそれが顕著な家があったんだと。

地主の家だ。

その地主はいけすかない奴で、かなり厳しく村を統制してたらしい。

村人にも辛く当たったが、誰よりも奥さんに、ひいては奥さんによく似た長女にも辛く当たった。

地主の家には五人の子供があったそうなんだが、あとの四人は皆男で、地主のちっこい版みたいな奴らだったらしい。

マトリョーシカってあるじゃん。

あんな感じだったんだって。

ウケるよな。

なんでも地主は自分そっくりな息子たちのことは可愛がってたらしい。

とにかく、うちの中で、女二人が虐げられてたんだ。

それがある日を境にだよ。

急に立場が逆転したらしいんだ。

地主が踏ん反り返って奥さんを連れていたのが、地主の方が奥さんの後ろを歩くようになり、奥さんの顔を窺い始めた。

それまでもっぱら、兄弟の中でいじめられっこだった長女が、兄と弟に強気にでるようになった。

そりゃもう、誰にも明らかなくらいの逆転劇だったらしい。

不思議だよな。

それに少し気味が悪い話だ。

でも、それで話は終わらなかった。

ある冬の朝、地主の死体が池に浮かんでいたらしい。

そしてどうも、溺死じゃない。

殺された後、池に放り込まれたんだ。

結構、むごたらしい殺され方してたんだと。

複数でよってたかってリンチしたみたいに。

ちょー大胆不敵じゃね?

足に重りでも括り付けて死体が浮かび上がらないようにすりゃいいのに、そのまま放置、だぜ?

警察が当然動いたけれど、犯人は見つからなかった。

村人にいくら聞き込みをしても、誰も何も知らない、みていない。

地主の家族も、何も知らない、みていない。

それで、警察は早々に諦めたらしい。

僕がこれ聞いた時は時代が時代だから、下手したらとんでもない事情聴取とかあって無理矢理でも犯人引っ張ってくんのかと思ってたから驚いた。

………金の力かね。

まぁ、それは良いとして。

それからの村は地主の奥さんが一切を取り仕切ることになったらしい。

村人には慕われていたようだな。

それこそ、地主の比じゃないくらい。

地主の妻なんだからいっしょくたに憎まれてもいいような気がするけど、村人も奥さんが虐げられてるの見てたから、仲間意識の方が強かったのかもな。

奥さんが年老いてからは長女が実質の地主になった。

勿論、表面上は長男が戸主だ。

でも、曽曽祖母ちゃんは、ありゃ分かりやすいくらいの傀儡だったって言ってたらしい。

それからもう、百年じゃ足りないくらいの時間が経っている。

村はとうの昔に瓦解して、今は誰も住んでいないらしい。

ん?怪談じゃないって。

そう、怪談じゃないよ。

これは人間はおっかないねぇって話。

これはさ、ばあちゃんが僕に話した時にぼそぼそ言ってたことなんだけど。

多分、地主の家は金銭的に首が回らなくなって、嫁の実家に頼らざるをえなくなったんだ。

奥さんは旦那と自分の立場が逆転したことを悟り、行動した。

おそらく、自分の分身のように感じられた長女にも、家の中での高い地位を与えた。

そして地主が殺された件だけど、あれは多分、村ぐるみの共謀殺人だったんだ。

奥さんか誰かが地主を殺しちまった後に死体をぼろぼろにしたか、村人の憎しみが爆発してリンチの末に死んでしまったのか、そのへんは分からないけど、本当に幼い子どもを覗いた村人全員が、殺人の謎を迷宮の中に放り込んだ。

村をあげて隠し通した。

人間って怖いけど、すごいよな。

いざとなったら、そんなこともできるんだぜ。

でも、やっぱその場の空気を感じてた曾曾祖母ちゃんは大人が恐ろしくてたまらなかったろうなって思うんだ。

だって、憎んでるっつったって、それは殺しを実行に移したいって思うほどだったのか。

心の中で思ったって、それを本気で計画したことのある奴が果たして村人の中にいたのか?

結局、皆便乗したんだ。

これは正しいことだ、良いことをしている。

そう自分に言い聞かせて、秘密を守った。

自分自身をマインドコントロールしちまったんだ。

僕さ、ユーレイとか信じてねぇの。

この世で一番恐ろしいの人間だと思ってるから。

だからこうゆう話しかできないけど。

それで良い?」













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