幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
「次はぁ、奥乃だな」


17人の目がいっせいに礼太に注目する。


その中に、どこか期待を滲ませた目がいくつかあることに気づいて、礼太は泣きたくなった。


(えっと……怖い話…?どうしよ…順番が来る前に考えておけばよかった…)


最近は怖い体験にはこと欠かないが、いざ人に怖い話をするとなると、咄嗟には浮かんでこない。


実際の出来事を話すわけにはいかない。


商売である以上、依頼人との間には守秘義務なるものが存在している。


第一、話して良くても話したくない。


結局、うろ覚えの昔話から、比較的怖い印象のある話をすることにする。


「日本の昔話。えっと、聞いたことのある人も多いかもしれないけど……」



あるところに一人の女がいた。

それはそれは美しい人で、その噂は天にも届くほどだったと言う。

ある時、天から女のもとに迎えが来た。

使者が言うには、天帝が女を妃として迎え入れたがっているのだと。

女は地上を離れ、天へと召された。

女はやがて、子を生んだ。

その子は母とは似ても似つかず、大変醜かった。

天帝は子を「穢れ」と呼び、地上へと追い払った。

怒り狂った子は地上であらん限りの破壊を尽くしたが、ついには人の子の手により、桜の大樹に封印された。

その桜は寿命尽きてもなお、咲き続けているのだと言う。

これは、天より追放されし「穢れ」の話。





「……と、まぁ、こんな感じです」


おずおずと様子を伺えば、みんな妙な顔をしていた。


「それ、ほんとに日本の昔話?そりゃ、ありがちな話ではあるけど、聞いたことねぇぞ」


皆が一様にうなづく。


礼太は少し驚いた。


幼い頃、母が聞かせてくれた話の一つなのだが、そこそこ有名な話なのだと思っていた。


もしかしたら、七尾の家がある地域に残る伝承なのかもしれない。


「じゃあ、次は成瀬か?」


なんにせよ、皆の期待を綺麗に裏切ってしまったらしい。


礼太への興味の視線はあっという間に次の語り手へと移って行った。






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