幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
当主の間とは当主の居住域の中で唯一、他の者が足を踏み入れることを許された場所だ。
屋敷の西側にある小さな部屋で、一族の者が当主に面会する時に使われる。
礼太が当主の間に向かうのはこれが二度目だった。
一度目は三歳になり、華女に修行を開始することを父と共に報告しに行った時。
あれ以来、十年以上の時が経っている。
胃が痛い。
華女に会うだけだというのに、何故こんなにも緊張しなければならないのか。
もちろん、突然降ってきた『次期様』の重みがぐいぐいと礼太の肩を押しているのだ。
『おい、礼太』
「……はい」
『お前は、この家の歴史をどのくらい知っている』
「多分……ほとんど何も知らないです」
「……そうか」
だから、この時、廉姫の妙な質問の意図を深く考えもしなかった。
「失礼します」
障子を開けた先は思いのほか窮屈で、礼太は一瞬息を詰めた。
「あら、ようやく登場ね。廉姫が起こしに行かなければ、いつまで寝ているつもりだったのかしら」
言っていることは皮肉だが、正面に座る華女の口調は優しかった。
「兄さん、おはよう」
「おはよ、兄貴」
そこには昨日の夕方話したきりの妹と弟の姿があった。
おそらく寝癖が酷いことになっているであろう礼太とは対照的に、きっちりとした佇まいで礼太に笑みを向ける。
「……おはよう」
表情筋の動きにぎこちなさを感じながらも、礼太は妹と弟に小さく微笑んだ。
そして、礼太を待っていたであろうもう一人の人物に、軽く頭を下げる。
「おはよう、父さん」
父は、一瞬ちらりと礼太を目に映して、小さくうなづいた。
『相変わらずだな、お前の父親は』
左上から聞こえてきた声にぎくりと身を震わせ、助けを求めるように華女の方を見ると、何やら愉快げな眼差しを返されただけだった。
屋敷の西側にある小さな部屋で、一族の者が当主に面会する時に使われる。
礼太が当主の間に向かうのはこれが二度目だった。
一度目は三歳になり、華女に修行を開始することを父と共に報告しに行った時。
あれ以来、十年以上の時が経っている。
胃が痛い。
華女に会うだけだというのに、何故こんなにも緊張しなければならないのか。
もちろん、突然降ってきた『次期様』の重みがぐいぐいと礼太の肩を押しているのだ。
『おい、礼太』
「……はい」
『お前は、この家の歴史をどのくらい知っている』
「多分……ほとんど何も知らないです」
「……そうか」
だから、この時、廉姫の妙な質問の意図を深く考えもしなかった。
「失礼します」
障子を開けた先は思いのほか窮屈で、礼太は一瞬息を詰めた。
「あら、ようやく登場ね。廉姫が起こしに行かなければ、いつまで寝ているつもりだったのかしら」
言っていることは皮肉だが、正面に座る華女の口調は優しかった。
「兄さん、おはよう」
「おはよ、兄貴」
そこには昨日の夕方話したきりの妹と弟の姿があった。
おそらく寝癖が酷いことになっているであろう礼太とは対照的に、きっちりとした佇まいで礼太に笑みを向ける。
「……おはよう」
表情筋の動きにぎこちなさを感じながらも、礼太は妹と弟に小さく微笑んだ。
そして、礼太を待っていたであろうもう一人の人物に、軽く頭を下げる。
「おはよう、父さん」
父は、一瞬ちらりと礼太を目に映して、小さくうなづいた。
『相変わらずだな、お前の父親は』
左上から聞こえてきた声にぎくりと身を震わせ、助けを求めるように華女の方を見ると、何やら愉快げな眼差しを返されただけだった。