幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
「さて、礼太も来たことだし、本題に入りましょうか」
礼太が腰をおろすと、間髪いれずに華女は話し始めた。
障子を閉めると、なんだこの密集地帯は、と息が苦しくなるくらいには人口密度が高かった。
このこじんまりとした部屋に人間がなべて五人、妖怪がひとり。
テニス部の更衣室のような暑苦しさはないにしても、空気は十分重苦しかった。
その重苦しさの原因の大半をつくっているであろう父は、正面を向いて、眉一つ動かさない。
「昨日、次期当主に礼太を据えることを、一族の皆に知らせました。」
「わたしは認めておらん」
低い声を発した父に、華女はうんざりとした顔を向ける。
「まだそれを言うの、いいかげんにしたら?」
『そうだ、しつこいぞ』
いつの間にやら華女の左上に戻っている廉姫が華女に加勢する。
しかし、廉姫が見えない父は華女から一切目をそらさずになおも続けた。
「礼太は当主にはなれない。そもそも家業にすら従事できない。力のない者を当主に据えるなど、前代未聞であるばかりではない。礼太のためにもならない」
父の言うことはいちいちもっともすぎる。
自分より遥かに相応しい二人がいるというのに、家業にかかわってすらいない自分が当主など、ありえない。
昨日は言う前に華女に先手を打たれたが、やはり言うしかない。
礼太は、自分ではなく妹か弟を選び直して下さいとお願いしようと、口を開いた。
「華女さ……」
「礼太」
ところが、礼太の言葉を遮るように、父が声を発した。
「お前はどう思う。当主になりたいか。自分が当主に相応しいと思うか。当主のつとめをまっとう出来ると思うか」
立て続けにされた質問は、しかしけして礼太を責めているようではなかった。
思いのほか優しい父の口調に、急に心がほぐれるのを感じた。
そして正直に、首を横に振る。
礼太の反応に父は満足げにうなづき、華女に勝ち誇った笑みを向けた。
「ほら見ろ、礼太は聡い子だ。華女。お前よりずっとだ。諦めて、次期当主をもう一度選び直せ。」
弟と妹は何やら複雑な顔をしている。
それはそうだ。
礼太同様、二人は微妙な立場にいる。
礼太はどうすることもできず、父と華女を見つめていたが、ふいに華女の背後から不穏な空気が流れていることに気がついた。
廉姫が、怒っている。
その少女のような姿に似つかわしくない、猛々しい気が廉姫の身体から放出されていた。
しかし、表情はあくまでも穏やかで、それが礼太には余計恐ろしく感じられた。
その愛らしい小ぶりな頭がくいっと礼太を睨めつけた。
「おい、礼太」
「は、はい」
父たちが訝しげな顔を向けてくる。
急激な恥ずかしさに襲われたが、話しかけられているものを、無視するわけにもいかない。
廉姫はつい、と礼太の背後にまわると、白い幼子のような指で父を指差した。
礼太の視線の動きに合わせて顔を動かしていた聖が少し興奮気味の声で尋ねてくる。
「お兄ちゃん、そこに廉姫がいるの?」
最近は華澄の真似をして兄さん、なんて呼んでたくせに、すっかりもとの調子に戻っている。
ちなみに華澄はすっかり、兄貴という呼び方が板についている。
廉姫は聖を冷たい目で一瞥して、さっと視線を礼太たちの父に戻した。
『礼太、お前の父親に、今からわたしが言うことを一言一句違わずに伝えよ』
礼太が腰をおろすと、間髪いれずに華女は話し始めた。
障子を閉めると、なんだこの密集地帯は、と息が苦しくなるくらいには人口密度が高かった。
このこじんまりとした部屋に人間がなべて五人、妖怪がひとり。
テニス部の更衣室のような暑苦しさはないにしても、空気は十分重苦しかった。
その重苦しさの原因の大半をつくっているであろう父は、正面を向いて、眉一つ動かさない。
「昨日、次期当主に礼太を据えることを、一族の皆に知らせました。」
「わたしは認めておらん」
低い声を発した父に、華女はうんざりとした顔を向ける。
「まだそれを言うの、いいかげんにしたら?」
『そうだ、しつこいぞ』
いつの間にやら華女の左上に戻っている廉姫が華女に加勢する。
しかし、廉姫が見えない父は華女から一切目をそらさずになおも続けた。
「礼太は当主にはなれない。そもそも家業にすら従事できない。力のない者を当主に据えるなど、前代未聞であるばかりではない。礼太のためにもならない」
父の言うことはいちいちもっともすぎる。
自分より遥かに相応しい二人がいるというのに、家業にかかわってすらいない自分が当主など、ありえない。
昨日は言う前に華女に先手を打たれたが、やはり言うしかない。
礼太は、自分ではなく妹か弟を選び直して下さいとお願いしようと、口を開いた。
「華女さ……」
「礼太」
ところが、礼太の言葉を遮るように、父が声を発した。
「お前はどう思う。当主になりたいか。自分が当主に相応しいと思うか。当主のつとめをまっとう出来ると思うか」
立て続けにされた質問は、しかしけして礼太を責めているようではなかった。
思いのほか優しい父の口調に、急に心がほぐれるのを感じた。
そして正直に、首を横に振る。
礼太の反応に父は満足げにうなづき、華女に勝ち誇った笑みを向けた。
「ほら見ろ、礼太は聡い子だ。華女。お前よりずっとだ。諦めて、次期当主をもう一度選び直せ。」
弟と妹は何やら複雑な顔をしている。
それはそうだ。
礼太同様、二人は微妙な立場にいる。
礼太はどうすることもできず、父と華女を見つめていたが、ふいに華女の背後から不穏な空気が流れていることに気がついた。
廉姫が、怒っている。
その少女のような姿に似つかわしくない、猛々しい気が廉姫の身体から放出されていた。
しかし、表情はあくまでも穏やかで、それが礼太には余計恐ろしく感じられた。
その愛らしい小ぶりな頭がくいっと礼太を睨めつけた。
「おい、礼太」
「は、はい」
父たちが訝しげな顔を向けてくる。
急激な恥ずかしさに襲われたが、話しかけられているものを、無視するわけにもいかない。
廉姫はつい、と礼太の背後にまわると、白い幼子のような指で父を指差した。
礼太の視線の動きに合わせて顔を動かしていた聖が少し興奮気味の声で尋ねてくる。
「お兄ちゃん、そこに廉姫がいるの?」
最近は華澄の真似をして兄さん、なんて呼んでたくせに、すっかりもとの調子に戻っている。
ちなみに華澄はすっかり、兄貴という呼び方が板についている。
廉姫は聖を冷たい目で一瞥して、さっと視線を礼太たちの父に戻した。
『礼太、お前の父親に、今からわたしが言うことを一言一句違わずに伝えよ』