幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
『……さて、お前の疑問には、あらかた答えを与えてやったぞ』


ぐるぐるぐるぐると、いろんな感情とたった今頭の中に入ってきた情報がせめぎ合う。


廉姫と華女の視線が、静かに礼太に降り注ぐ。


何か言わなければいけない、と思った。


二人は礼太の反応を待っているのだ。


「あ、あのっ」


礼太は華女の方を見て、言った。


声がひっくり返るが、それに構う余裕はない。


「僕に、修行させたのは、なんでですか。廉姫が僕の側で見張りが出来るようにするためだけなら、そんなことする必要、ないのに」

それまで珍しく硬い表情をしていた華女だったが、幼子のように首をひねり、次には花が綻ぶように微笑んで言った。


「貴方を、お飾りの当主にする気はさらさらなかったからよ。家の主となるからには、その重責をしっかりと理解し、できるだけ担ってほしかった。そして貴方にはそれが出来ると信じているから」


「でも……華澄たちについて行き始めてから、です。奥乃姫……?が僕の表に出はじめたのって」


『それは、私たちにも予想外だったのだ』


廉姫が言った。


『お前、今も首にあのちゃちな硝子玉をかけているだろう』


言われて確かめると、昨日の朝華女に言われてかけたまま、首にかかっていた。


取り出すと、安っぽいがどこか温かみのある青色が、朝の光につやつやと輝く。


『それはな、はっきり言ってただの硝子玉だ。それ以外の何物でもない。しかしそれにちょっとばかり私が細工をしてな、遠くにいてもお前の周りの様子がうかがえるようにしておいたのだ。物音が振動として伝わってくるだけの代物だが、ないよりはマシだ。昨夜はそれのお陰で華女がいち早く異変に気付き、惨事を未然に防ぐことができた』


礼太は色付き石を手のひらに乗せてぎゅっと握った。


やっぱり、家宝だなんて嘘だったんだ。


礼太を守ってくれるものでもなかった。


いや、どちらかといえば礼太から周りを守るための物。


それでも、ありがたかった。


和田 橘。大切な友人を傷つけずにすんだ。


『その石によって伝わってきたことによれば、奥乃姫は周りに妖がいる時に現れる。しかしな……私はどうも腑に落ちんのだ。状況はそう語っているのだが、どうも何かが違う。ずれている。他の妖に感化されて表れるなど、これまでの奥乃姫にはなかったことだ。
昨夜は特別だった。お粗末な結界の中に呼び出す対象である怪がはじめから潜んでいたのだから、お手軽に呼び出されてしまったのだろう。お遊びの相手にしてはおぞましいがな。……なぁ、礼太よ』


「………はい」


『お前はこれまでの宗治郎の生まれ変わりの中でもっとも強固な『器』だ。
いくら華女の頼みとはいえ、脆い器を外の世界に野放しにすることは出来なかった。前の転生で大方封印は解けていたはずなのに、お前は小さな身体にしっかりと奥乃姫を封じて生まれてきた。

………礼太、お前は時として、退魔師の才がない己を恥じておろう』



礼太は下を向いていた顔を恐る恐るあげて、こくりとうなづいた。


廉姫の相貌に、にわかには信じられないほどやわらかい笑みが浮かんだ。


『それがな、お前の才なのだ。

退魔師の家に生まれながら、そんなもんは知ったことかと無垢に生まれてきたお前だからこそ、かつての生まれ変わりたちよりも強靭に奥乃姫をその身に宿していられる。

お前だからこそ、私は華女の願いを聞き入れてやることができたのだ』



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