幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
長い沈黙が流れた。
かつてないほどの華女の取り乱しように、礼太もまた戸惑っていた。
やがて、また腰を下ろして礼太と正面から向かい合った華女は、静かに、しかし先ほどよりも強く、訴えかけるように言った。
「貴方は、外で生きるの。考えてもみなさい。貴方を地下牢に閉じ込めたりしたら、貴方の家族がどれほど嘆くか。義姉さんと兄さんは貴方のことがますます気が気でなくなって、それだけで一生を終えてしまうかもしれないわね。華澄と聖にはどう説明するの。外国に留学したことにでもするのかしら。それとも本当のことを話す?危険に晒したくないからとあの子たちを遠ざけて、あの子たちが納得するかしら。きっと怒るし悲しむ。大切な妹と弟を貴方は泣かせたいのかしら」
一気にそれだけ言った華女は、大きく息をして、不意に肩の力をすとんと落とした。
顔を手で覆って、首を横に振る。
「あゝ、駄目よ、とても冷静には話せない………廉姫」
華女に呼ばれた廉姫は主の意図を了解したのか、うなづいて、ふわりと礼太の前に降り立った。
小さな手が、そっと礼太の頬を包む。
ぞわりとするような感覚の後、礼太の中に流れ込んできたのは、まぎれもない慈しみだった。
廉姫は、齢数百年に相応しい深い瞳に礼太の青白い相貌を映しながら、言った。
『なぁ、礼太よ。お前は勇気のある子だな。地下牢に進んで繋がれたがるものなどそうはおらん。……勇気というより、優しいのやもしれんな。心のやわらかいお前には、自分以外のものを傷つけるということは何にもかえがたく恐ろしいことなのだろう。
だが、どうか耐えてほしい。華女のために……お前を大切に想う者たちのために。
奥乃姫は必ずや、私が滅ぼす。
それまでお前を守り抜こう。
だから、ともに戦い、ともに苦しんで欲しい。
………華女も言うただろう、お前は今度こそ、幸せにならねばならんのだ』
なぁ、宗治郎よ
確かに廉姫の唇はそう動いた。
礼太は躊躇いがちに、尋ねた。
「あの、僕は確かに宗治郎の生まれ変わりなんですよね」
『ああ。何度かの転生を隔てておるが、お前は宗治郎の生まれ変わりだ』
「……じゃあ、貴女とはじめに契約を交わしたのは……僕ってこと?」
廉姫はきょとんとした後、くつくつと笑った。
『そういう捉え方も出来るな。そうだ、私はお前に奥乃家を託され、数百年の年月の間、この家の者たちを守り、愛おしんできた。……しかしな、お前はお前で宗治郎は宗治郎だ。それだけは忘れるな』