幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
乙間はコトッと首を斜めにかたむけた。
「俺が監視だってことも知ってたわけ」
「……監視してたんですか」
「おう、年がら年中ってわけじゃねえけど。学年違うし」
くすくすと笑いながら近づいてくる乙間に、礼太は気後れして視線を逸らした。
よっこいせ、と乙間は縁側に腰を下ろす。
お前も座れよ、となりを叩くのでおとなしく横にならぶ。
「あの、先輩、その、怪我させてごめんなさい……」
「それは気にする必要なし。ほんと大したことねぇもん。この包帯はいうなれば嫌味だよ、嫌味。『光秀』の奴らの」
「……ミツヒデ?」
「……お前、『光秀』も知らないんだな。光秀ってのは、言うなれば華女様々直属の隠密集団だ。何人いるかも分からん嫌味な上に秘密主義な奴らだよ。『光秀』の存在は一族の中じゃ暗黙の了解になってる。奥乃本家に連なる人間は『光秀』にはいない。忘れそうなくらいの遠縁か、全く関係ない人間しかいないらしい。華女様のことが嫌いっていうか嫌がる連中が一族の中ですらいなくなんないのは、『光秀』のせいもある。ま、こんなこと言うと悪の組織みたく感じるかも知らんが、俺の手当てしてくれたのはすっげ普通のおっさんだったな」
思うところはいろいろあったが、一番気になるところを聞かずにはいられなかった。
「……なんで、『光秀』なんですか」
「ぷっ、お前もそう思う?分かんないよなぁ。華女様って戦国武将とか好きなのかな。」
「その戦国武将集団のおじさんが、なんで先輩に嫌がらせするんですか」
乙間の顔に苦笑が浮かんだ。
「そりゃ、役に立たなかったからだろ」
笑いのなごりを残したまま、礼太の表情が固まる。
「百物語を止めることも出来なかったし、最終的に気絶してただけだし。」
乙間の横顔がどこか切なげに歪んだ。