幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
「……乙間の家は、小さい。長いこと大した力の持ち主が出なくて、最近じゃあ三本柱も名ばかり。
……
俺はさ、乙間の名誉を挽回したいんだ。
むしろそのために生まれたと思ってる。
だから、お前の監視に任命された時はほんと嬉しかったよ。
次期様に取り入るチャンスだってな。
……今回の件でクビになっちまったけどな」
ぽんっと勢いよく立ち上がったかと思うと、乙間はいたずらっぽく笑った。
「俺、乙間の現当座なんだ」
礼太はぽかーんと口を開けた。
当座、とは三本柱それぞれの当主を指す言葉である。
「い、いつから?」
「小3からだな。」
「昨日、僕の気持ちが分かるって言ってたのは……」
「もちろん、『次期』って呼ばれる立場を知ってるって意味も含めて。……家だの名誉だの、くだらないって思う?」
礼太は言葉に詰まった。
くだらないとも思わないが、そのために生まれてきたのだと言い切るほどの想いを、家に対して抱いたことがない。
家族は大切だが、乙間が言っているのはそういうことではないだろう。
「くだらないとは、思いません。」
乙間は可笑しそうに笑って、不意に礼太の足元に、すっと跪いた。
「次期当主、礼太様におかれましては、今後とも、私並びに乙間家のことを、どうか気にかけてくださいますよう、よろしくお願い申し上げます」
素早い身のこなしでサッと立ち上がった乙間は驚くべき身体能力で壁を伝い、屋根の上へと駆け上がった。
一度振り返り、唖然とする礼太をさらに追い討ちにかけるように、乙間は清々しい笑顔で言った。
「なぁ、奥乃。お前、俺の妹を嫁にする気ない?」
礼太がフリーズしている間に、乙間は屋根の向こう側へと姿を消してしまった。
「………はぁ?」
身体の硬直が溶けてようやっと口から出たのは、心の底からの疑問符だった。
わけがわからな……くはないか。
次代の当主たる礼太が乙間家から嫁をとれば、それは乙間家の立場を一気に引き上げることだろう。
しかし、礼太は乙間の妹に会ったことすらないし、勿論、結婚のことなど考えたこともない。
まだ若干、中学生だ。
ふと笑いがこみ上げて、止まらなくなった。
隼人の気配はいつの間にかなくなっている。
礼太はひとりぼっちの中庭で、笑い続けた。
ひたすら可笑しくて仕方なかった。
家のためだとか言って妹を差し出そうとする乙間も可笑しいし、差し出されるような立場にある自分も可笑しい。
そしてそんな自分の中には妖の姫が眠っていて、いつ礼太の意識を乗っ取るとも分からないのだ。
可笑しい、可笑しすぎる。
笑いすぎで眦が熱くなり、涙がこぼれた。
礼太は咳き込むほどに笑い続け、ふと気が抜けたように肩を落とした。
そのまま自分の部屋に引き込み、再び深い眠りの中に入っていった。
……
俺はさ、乙間の名誉を挽回したいんだ。
むしろそのために生まれたと思ってる。
だから、お前の監視に任命された時はほんと嬉しかったよ。
次期様に取り入るチャンスだってな。
……今回の件でクビになっちまったけどな」
ぽんっと勢いよく立ち上がったかと思うと、乙間はいたずらっぽく笑った。
「俺、乙間の現当座なんだ」
礼太はぽかーんと口を開けた。
当座、とは三本柱それぞれの当主を指す言葉である。
「い、いつから?」
「小3からだな。」
「昨日、僕の気持ちが分かるって言ってたのは……」
「もちろん、『次期』って呼ばれる立場を知ってるって意味も含めて。……家だの名誉だの、くだらないって思う?」
礼太は言葉に詰まった。
くだらないとも思わないが、そのために生まれてきたのだと言い切るほどの想いを、家に対して抱いたことがない。
家族は大切だが、乙間が言っているのはそういうことではないだろう。
「くだらないとは、思いません。」
乙間は可笑しそうに笑って、不意に礼太の足元に、すっと跪いた。
「次期当主、礼太様におかれましては、今後とも、私並びに乙間家のことを、どうか気にかけてくださいますよう、よろしくお願い申し上げます」
素早い身のこなしでサッと立ち上がった乙間は驚くべき身体能力で壁を伝い、屋根の上へと駆け上がった。
一度振り返り、唖然とする礼太をさらに追い討ちにかけるように、乙間は清々しい笑顔で言った。
「なぁ、奥乃。お前、俺の妹を嫁にする気ない?」
礼太がフリーズしている間に、乙間は屋根の向こう側へと姿を消してしまった。
「………はぁ?」
身体の硬直が溶けてようやっと口から出たのは、心の底からの疑問符だった。
わけがわからな……くはないか。
次代の当主たる礼太が乙間家から嫁をとれば、それは乙間家の立場を一気に引き上げることだろう。
しかし、礼太は乙間の妹に会ったことすらないし、勿論、結婚のことなど考えたこともない。
まだ若干、中学生だ。
ふと笑いがこみ上げて、止まらなくなった。
隼人の気配はいつの間にかなくなっている。
礼太はひとりぼっちの中庭で、笑い続けた。
ひたすら可笑しくて仕方なかった。
家のためだとか言って妹を差し出そうとする乙間も可笑しいし、差し出されるような立場にある自分も可笑しい。
そしてそんな自分の中には妖の姫が眠っていて、いつ礼太の意識を乗っ取るとも分からないのだ。
可笑しい、可笑しすぎる。
笑いすぎで眦が熱くなり、涙がこぼれた。
礼太は咳き込むほどに笑い続け、ふと気が抜けたように肩を落とした。
そのまま自分の部屋に引き込み、再び深い眠りの中に入っていった。