幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
『この、卑怯者が。今のお前がしたことは礼太を懐柔したにすぎん。礼太の中の、父親に嫌われたくない、当主になりたくないという気持ちを利用して、一族の役に立ちたい、妹弟と同じ場所に立ってみたいと願う気持ちを無視させたのだ。父親という立場を利用した、卑怯者だ』
さぁ、伝えろという顔で見てくる廉姫を、礼太はただ間抜けな顔で見返すことしかできなかった。
ふふ、と華女が笑い声をもらし、廉姫に話しかけた。
「礼太に伝言させるのは酷よ」
礼太は安堵のため息をつかずにはいられなかった。
「わたしが伝えましょう」
しかし、その言葉に何やら不穏なものを覚える。
「兄さん、廉姫から伝言です」
「……なんだ」
明らかに信じていない顔で父が聞き返す。
華女は廉姫の願い通り、一言一句違わずに己の兄に伝え切った。
父の顔が怒りに引きつるのを、そばで見ているしかない。
父はこぶしをわなわなと震わせながら、感情を抑えた声で華女に話しかける。
「ほぉ……廉姫様は随分と聡明なお方のようだ。では聡明なお方にお尋ねしよう。このたび礼太を次期当主にお選びになった聡明なる理由をぜひともお聞かせ願いたい」
父は明らかに廉姫ではなく華女に話しかけていた。
やはり、廉姫の存在を信じてはおらず、先ほどの侮辱も華女からのものだと思っっているのだろう。
華女もそのことはわかっているだろうが、律儀に廉姫を伺う。
廉姫は静かに首を横に振った。
『今はまだ、言えん。』
「今はまだ、言えないそうよ」
華女の伝言に、父は満足げな顔をする。
廉姫は何を思ったのか、ふいに顔を歪ませて笑った。
けたけたと、愉快げに。
地に響く恐ろしい笑い声だった。
廉姫を可視できない三人も何かを感じたのか、妹と弟は不安そうな顔をして、父は開きかけた口をつぐみ、訝しげな顔をする。
『まぁ、代わりと言ってはなんだが、お前たち兄弟の中から華女を選んだ理由を教えてやろう。わたしは華女のことは好いていたが二人の兄のことは嫌いだった。兄の勝彦は目がいけすかんし、照彦、お前は臆病者のたわけだ』
臆病者のたわけ。
それがおのれの父を示す言葉であることに、礼太はしばらく気づけなかった。
父とは常に、礼太のなかで絶対的な存在だった。
厳しいけれど、優しくて、この人が自分の父親なのだと思うと頼もしくて、誇らしかった。
華女は、この侮辱を父に伝えるのだろうか。
顔を伺うと、華女もさすがにそんなつもりはないらしく、口元に悲しげな笑みが宿っているだけだった。
廉姫はしばらく不気味な笑みを浮かべたまま父を見つめていたが、ふいに興味が失せたと言いたげに、ふわふわ華女の左上に戻っていった。
『華女、照彦を下がらせろ』
華女が一瞬咎めるような視線を向けるのを確かに見たが、次の瞬間にはうなづいた。
「兄さん、退室なさって」
「………は?」
訳が分からないという顔をした父が、華女にくいかかろうとする。
華女はそれを手で制し、もう一度言った。
「下がって」
父が悔しげに顔を歪める。
奥乃家において、当主は絶対。
昔ほどではないが、原則は変わらない。
父は深く華女に頭を下げ、障子に手をかけた。
「……華女、わたしはけして認めない。」
最後に礼太に目をやる。
その瞳は、何故か少し切なげだった。
さぁ、伝えろという顔で見てくる廉姫を、礼太はただ間抜けな顔で見返すことしかできなかった。
ふふ、と華女が笑い声をもらし、廉姫に話しかけた。
「礼太に伝言させるのは酷よ」
礼太は安堵のため息をつかずにはいられなかった。
「わたしが伝えましょう」
しかし、その言葉に何やら不穏なものを覚える。
「兄さん、廉姫から伝言です」
「……なんだ」
明らかに信じていない顔で父が聞き返す。
華女は廉姫の願い通り、一言一句違わずに己の兄に伝え切った。
父の顔が怒りに引きつるのを、そばで見ているしかない。
父はこぶしをわなわなと震わせながら、感情を抑えた声で華女に話しかける。
「ほぉ……廉姫様は随分と聡明なお方のようだ。では聡明なお方にお尋ねしよう。このたび礼太を次期当主にお選びになった聡明なる理由をぜひともお聞かせ願いたい」
父は明らかに廉姫ではなく華女に話しかけていた。
やはり、廉姫の存在を信じてはおらず、先ほどの侮辱も華女からのものだと思っっているのだろう。
華女もそのことはわかっているだろうが、律儀に廉姫を伺う。
廉姫は静かに首を横に振った。
『今はまだ、言えん。』
「今はまだ、言えないそうよ」
華女の伝言に、父は満足げな顔をする。
廉姫は何を思ったのか、ふいに顔を歪ませて笑った。
けたけたと、愉快げに。
地に響く恐ろしい笑い声だった。
廉姫を可視できない三人も何かを感じたのか、妹と弟は不安そうな顔をして、父は開きかけた口をつぐみ、訝しげな顔をする。
『まぁ、代わりと言ってはなんだが、お前たち兄弟の中から華女を選んだ理由を教えてやろう。わたしは華女のことは好いていたが二人の兄のことは嫌いだった。兄の勝彦は目がいけすかんし、照彦、お前は臆病者のたわけだ』
臆病者のたわけ。
それがおのれの父を示す言葉であることに、礼太はしばらく気づけなかった。
父とは常に、礼太のなかで絶対的な存在だった。
厳しいけれど、優しくて、この人が自分の父親なのだと思うと頼もしくて、誇らしかった。
華女は、この侮辱を父に伝えるのだろうか。
顔を伺うと、華女もさすがにそんなつもりはないらしく、口元に悲しげな笑みが宿っているだけだった。
廉姫はしばらく不気味な笑みを浮かべたまま父を見つめていたが、ふいに興味が失せたと言いたげに、ふわふわ華女の左上に戻っていった。
『華女、照彦を下がらせろ』
華女が一瞬咎めるような視線を向けるのを確かに見たが、次の瞬間にはうなづいた。
「兄さん、退室なさって」
「………は?」
訳が分からないという顔をした父が、華女にくいかかろうとする。
華女はそれを手で制し、もう一度言った。
「下がって」
父が悔しげに顔を歪める。
奥乃家において、当主は絶対。
昔ほどではないが、原則は変わらない。
父は深く華女に頭を下げ、障子に手をかけた。
「……華女、わたしはけして認めない。」
最後に礼太に目をやる。
その瞳は、何故か少し切なげだった。