幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
「礼太、貴方にもう一つ、お願いがあるの」
「……なに」
もう何を言われても驚くものかと身構えた礼太に、華女はにっこり笑った。
「朝川中学校に転校しなさい」
礼太は叔母を凝視した。
「……なんで」
「今の学校の子達には貴方が豹変するところを見られてしまった。噂はあっという間に広がるでしょう。きっといづらくなるわ。だから、転校しなさい。」
「……噂になったら朝川中学校まで飛び火するのなんてすぐだ。……転校なんて、意味ないよ」
「あら、そんなことないわ」
なおも言い合いは続いたが、最後には礼太が折れた。
礼太は自分で気づかないうちに少し、ほっとしていた。
これで、和田と会わなくてすむ。
卑怯なのは分かっていても、罪悪感でとてもまともに接することはできそうになかった。
和田のほうは、もしかしたら大したことだとは思ってないかもしれない。
けれど、礼太の中には和田を殺して喰らおうとした感覚や、和田の喉に触れた感触が生々しく残っている。
とても合わす顔がない。
(さよなら、和田 橘…)
心の中で勝手に別れを告げることを許してほしい。
大人びた仕草や、笑った途端にたちまち幼くなる表情。
何度救われたか分からない。
それでも、だからこそのさよならだ。
誰にでも好かれる彼のことだから、自分がいなくても楽しくやるだろう。
なのに、
(泣きたい………)
この二日、どれほど涙を流したか分からないほどなのに、それでも涙の源泉は枯れることを知らないらしかった。