幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
父の気配が完全に感じられなくなると、礼太は安堵の溜息をつかずにはいられなかった。


何も父の存在だけに胃を圧迫されていたわけではない。


父と華女と廉姫が対峙する構図がつくっていた重苦しさが取り払われたことへの安堵だ。


「華女さん、何で父さんを下がらせたのよ」


納得がいかない顔をしているのは華澄だった。


廉姫の姿が見えない華澄からすれば、兄の存在が煩わしくなった華女が当主と言う立場を利用して一方的に追い払ったように見えただろう。


華女は廉姫の意向であることは一切口にせず、ただ首をすくめてみせた。


「兄さんがいては進む話も進まないでしょ」


華澄は少し顔をしかめたが、それ以上の口ごたえはしなかった。


華女と華澄はあまり折り合いが良くない。


というより、華澄が一方的に華女に対してよそよそしい。


しかし立場も度量もまだまだ太刀打ちできる相手ではないことは心得ているらしく、軽く反発したりはするものの、最後は大抵おとなしく従うのが常だった。


「さて、本題に入ろうかしら。」


華女は正座を崩すと、少しだるそうに目をつむった。


『華女、無理はするな。』


廉姫は、先ほどの残酷とも言える物言いからは想像できない優しい口調で華女を気遣った。


余裕のある態度を崩さない人なので忘れがちだが、そういえば華女は今、体調があまりおもわしくないのだった。


「大丈夫ですか?お話はまたでも……」


「あら、平気よ。そう長い話でもないわ」


先ほどまでの影が一瞬で消え失せ、華女の口元に余裕の笑みが戻る。


「華澄と聖を呼んだのは、あるお願いをしたかったからなの。」


お願い?と聖が幼い口調で首を傾げる。


華澄の表情は依然として険しい。


華女は二人の目を交互に見て、最後に礼太に微笑んで言った。


「礼太に修行をつけて欲しいの」




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