幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
二階の子供部屋に案内され、ドアの前で奥さんは申し訳なさそうに立ち止まった。


「じゃあ、後はよろしくお願いします。わたしたちは下に居ますので」


「はい、お任せ下さい」


華澄がにこやかにうなづくと、奥さんは軽く一礼してドアを閉めた。


ねぇー、千景もユーレー退治が見たい

だめよ、邪魔しちゃだめ

でも見たいもん

ユーレーに食べられちゃうわよ

千景怖くないっ


階段を降りる親子の会話が完全に聴こえなくなると、華澄がぱんっと手を叩いた。


「さーてと、やりましょか」


そして斜めがけしていた鞄の中から何故かお皿と、飴やらチョコやらのお菓子を取り出す。


「あの奥さん、いい人よねぇ。兄貴、依頼人がいつもあんないい人なわけじゃないから覚悟しとった方がいいよ。子供だからって、馬鹿にしてくる奴らばっか」


そんなことを言いながら、床の上にお皿を置き、中にお菓子をセットしていく。


「あのー、これは何?」


おずおずと尋ねる礼太に、聖が答える。


「ここにいるのは子供の幽霊だから。お菓子好きかなぁと思って」


そんなもんなのか?


その前に幽霊はお菓子食べられるのか


礼太が考えていることなどお見通しなのか、華澄が、


「幽霊はお菓子食べないわよ。ただ、生きてた頃の記憶を使って、食べた気分くらいには慣れるでしょ」


「………へぇ」


それを最後に数分間、誰も口をきかなかった。


質問したいことは山積みだったが、いかんせんできる空気ではない。


しかし、ここは潰れて廃屋と化っした病院や事故多発のトンネルなんかの心霊スポットではない。


どこにでもある子供部屋だ。


徐々に張り詰めていた神経が緩み、ぼおっとしてくる。


そのとき、


「ひじり」


と華澄が静かに弟を呼んだ。


聖は軽くうなづき、華澄が置いた皿の前に座った。


ついでにこりと微笑む。


やわらかくて優しい、天使の笑みだ。


家族である礼太ですら見とれてしまいそうな笑顔は、ひたすら皿の向かい側に注がれていた。


聖が何かを囁いているのが分かる。


しかし、これほど近くにいても、なんと言っているのかは聞き取れなかった。


しばらく経つと、聖がようやく立ち上がった。


「終わったよぉ」


聖の呑気な声が鼓膜をくすぐる。


「……は?」


「うっし、お疲れ、聖」


「……え?ちょっと、これだけ?何があったの?何かあったの?もう終わり?」


あまりにもあっさりしている上に唐突な終了宣言に、礼太は唖然とした。


そんな礼太に、華澄と聖は顔を見合わせ、ついで肩をすくめた。


「うん」


「終わりだよ」


ぽっかーんと口を開ける礼太に、何その間抜けヅラ、と華澄が鼻を鳴らした。




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