幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
「これで、もう大丈夫ですよ。また何かあったら、いつでも相談して下さい」


「ええ、本当にありがとう。あのぉ、良かったら家まで送って行きましょうか。もう暗いし、子供だけじゃ危なくない?」


確かに空は真っ暗だ。


天気は割といいらしく、ぱらぱらと星が瞬いていた。


「おかまいなく。どうせうちまですぐですから」


華澄が断ると、あらそう?と言いつつ、心配げな眼差しで見られる。


「じゃあ、気をつけて帰ってね。あ、これ、おみやげよ。良かったらみんなで食べてね。」


そう言って手渡されたのは、ちょっと高級そうなお菓子箱が入ったビニール袋だった。


「わぁ、高そうなお菓子。いいんですか?こんなの貰って」


「いいのよ、うちじゃ食べないから」


「ええー、千景食べるよ。お菓子好きだよ」


足元でぴょんぴょん跳ねる千景ちゃんに、ふっと華澄が目線を合わせる。


「ねぇ、千景ちゃん。今度、お姉ちゃんのおうちにおいで。そんで、このお菓子一緒に食べよ」


「ほんとっ?」


千景ちゃんが、嬉しそうに顔を輝かせる。


「もちろん、いつでもおいで」


華澄は優しく千景ちゃんの頭を撫でた。















バイバーイ、と元気に手を振る千景ちゃんに手を振りかえし、三人は帰路を歩き始めた。


歩き始めてしばらくして、聖の顔が少し暗いことに気づく。


「……どうかした?」


おずおずと尋ねると、聖が少し俯く。


「奥さん、自分の家にいたモノの正体全然聞いてこなかったなぁって。知っちゃったら余計怖いって思ったのかもしれないけど」


「それは…………悪いことなのか?」


聞くと、聖はふるふると首を振る。


「悪くはないよ、ただ…」


「家にいる幽霊は子供だって、さっき教えたわよね。」


語尾がしりすぼみになっていく聖に代わり、華澄がきびきびと答える。


「この辺で、昔事故にあって亡くなった女の子なんだけどね。あの家に入ったのは二年前くらい。どうも、千景ちゃんが入れちゃったみたいね」


「千景ちゃんが…?じゃあ、千景ちゃんは幽霊がみえてるの」


「正確には、みえていた、ね。ここ三ヶ月くらいで、千景ちゃんは急速にみる力を失った。そんなもんなの。幽霊みる子供なんて珍しくないけど、ほんとに小さい頃限定ってのが殆ど。で、それまで一緒に遊んでいたお友達から急に無視されるようになって、悲しくて気づいてほしくて、いたずらするようになったみたい。」


それは、なんだか少しやるせない。


「あの子ね、千景ちゃんが大好きで、そのぶんものすごく羨ましがってた。気にかけてくれる、お母さんが欲しかったんだね」


暗い顔をする聖の頭を、華澄がくしゃくしゃと撫でて、少しからかうような口調で言った。


「聖くんはやっさしーからね。奥さんに、あの子の存在を知って欲しかったんだ」


「………言えば良かったじゃないか」


礼太がそう言うと、華澄は静かに首を振った。


「これは仕事で、わたしたちはお金貰って働いてるの。依頼人の気持ちと安全が最優先。知りたがる人には教えるけど、わざわざ言うことじゃないわ。あなたのおうちに住んでた幽霊、実は悪い子じゃなかったんですよ、ちょっと寂しがり屋でお母さんが欲しかっただけなんです、とか言うの?本人が望んでもない情報で、人の心を乱すもんじゃないわ」


もっともな言葉に、礼太は小さく息を吐いた。


「………その女の子の幽霊って、どうなったの」


除霊、とかいうのをしたのだろうか。


成仏、とかいうのをして安らぎを得たのだろうか。


それとも……


「今、うちにいるわ」


礼太は一瞬、フリーズした。


「………うち……?千景ちゃんのうちにまだいるの」


「なわけないじゃない。うちと言えばうちよ。我が家よ。奥乃さんのおうちよ」


「うそ………」


硬直する礼太に、華澄が苦笑いする。


「そっかぁ、兄貴には妖の類がみえないからなんとも言えない部分があるねぇ」


謎めいた言葉の意味を図りかねていると、聖が説明をしてくれた。


「よくあることだよ。害のない、寂しそうな幽霊に、うちに来る?って誘うの。うちには幽霊も幽霊が見える人もいっぱいいるから寂しくないでしょ?中には、そのうち成仏できるようになるヒトもいるんだ」


「ちょっと、待て。うちには幽霊がいっぱいいるのか?」


華澄がにやにや笑いを浮かべ、うなづく。


「そこら中、いーっぱい。そっかぁ、兄貴はみえてないからわかんなかったかぁ」


衝撃的な事実に顔が引きつる。


知らぬが仏とはこのことだろう。


ぴくぴくと頬を引きつらせる礼太の顔を、聖が心配そうに覗き込む。


「兄さん?あのね、良い人たちばかりだから、心配いらないよ。今までだって、なんの害もなかったでしょ」


「にしても、兄貴鈍すぎ。普通みえてない人でも、気配とかなんとなく気づくもんだよ」


「……っ、う、生まれた時から暮らしてたから、自然すぎて分からなかったんだよ!多分!」


頬を赤くして言い訳しながら、ふと先ほどのことを思い出す。


「そういえば、千景ちゃんに今度うちに来いって言ってたのって、幽霊の女の子のため?」


「うーん、どうでしょ」


華澄は曖昧に答えただけで、肯定も否定もしなかった。
















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